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第27話(2)遥か彼方のまた明日【フェニス主律星】

 暗闇に包まれていると、かつて宇宙船に一人ぼっちで過ごした寂しい記憶が呼び起こされる。

 気が遠くなるような時間を共にした、孤独で冷たい闇の牢獄だった。

 だがリメアは首を横に振る。

 あのころの私はもういないと、自分に言い聞かせた。

 飛び立った星々で過ごした鮮烈でまばゆい日々が、リメアを丸ごと変えてしまった。

 それは今まで生きてきた時間と比べればほんの瞬き程度の短いものだったが、彼女の心を照らすには十分すぎるほどの輝きを放っていた。

 これからの旅への不安と期待、そして果たすべき約束がごちゃまぜになって、リメアの胸を熱く滾らせる。

 心臓がうるさいくらいに高鳴っていた。

 焦燥感が、募る。


「ねぇ、まだかな」


 とそわそわしながら尋ねると、


「リッキーはリメア様の指示通りお口にチャックをしておりマスので」

 

 とそっけない返事。

 一丁前に拗ねてるフリなんてと、口を尖らせかけたその時。

 手探りで追いかけていたあの、爽やかな甘い香りが一段と強くなり、体を包み込んだ。

 辿っていた標識の間隔が遠すぎて迷子になったかと思った矢先、やっと現れた次の標識に覚えるような安堵感。

 一気に体の緊張が解け、ほっと胸を撫で下ろす。

 よかったこっちであってた、と喉元まで上がってきた台詞を、ギリギリのところで飲み込んだ。

 アーヴィの小憎たらしいドヤ顔が、脳裏に浮かんだからだ。

 

「……なんか、モヤモヤするな」

 

 こうして飛んでいるのはアーヴィあってのことだったが、彼の性格や今までの言動を考えると、全面的に感謝はしたくなかった。

 ただ、今現在、彼の香りに包まれてホッとしたのは事実で。


「うーん……」

 

 釈然としない気持ちに首を傾げていると、リッキーの金切り声がガンガンと鳴り響いた。

 

「リメア様! ブレーキ! ブレーキ!!」

 

 ハッと我に返ると、少女は身体中のエーテルを一気に活性化させる。

 

「現在光速の百八――百七――百六%! もっと出力あげて減速ヲ! 衝突しちゃいマスよ!!」


 いまやってる、と返す代わりに歯を食いしばった。

 タキオン化を解除し、川から離脱する。

 途端、激しいエーテルの風が正面から吹き荒れて、体の制御を失いかける。


「このっ!」

 

 なんとか手足をばたつかせながら気合いで立て直し、更にエーテルを逆噴射する。

 長髪がみるみるうちに短くなっていく。

 エーテル組織化した体の感覚が、少しずつ戻ってきた。

 水底から一気に浮上するように、五感が研ぎ澄まされていく。


「間に合いまセン! アワワ、通り過ぎてしまいマス! オーバーラン、オーバーラン!!」

 

 リメアはありったけのエーテルをかき集め、放射すると同時に元の空間に身体を戻す。

 刹那、空間がぐるりと反転した。

 決壊し、押し寄せる鮮やかな色彩の暴力。

 鳴り響く雷鳴にも似た轟音と、ビリビリと全身引き裂くような激しい揺れ。

 大気との摩擦で、膜が焼ける。

 リメアはとっさに肩をすぼめ、ぎゅっと目をつぶった。

 だが次の瞬間、打って変わってふわりと温かく柔らかいものに抱き寄せられる。

 感覚の落差に驚き思わず、ひゃぁっ、と情けない声を上げた。

 恐る恐るまつ毛を持ち上げてみる。

 そしてリメアはやっと、大地に寝転ぶ少年の腕に包まれていることを理解したのだった。

 月明かりの下、木々の生い茂る森の中で。

 

「……」

「……」


 なんとも形容しがたい、気まずい空気が漂う。

 ガァガァと遠くで鳥の鳴き声が聞こえて、少年が先に口を開いた。

 

「おかえり。長旅ご苦労、お姫様」

「た……ただい、ま」

 

 ぎこちなく返す少女の頬がわずかに赤く染まる。

 少年はキザな笑顔を浮かべ、フッと満足そうに目を細め天を仰いだかと思うと――カッと目を見開き、口元から鮮血を滴らせながら舌を素早く動かした。


「早くそこからどいてくれ、今すぐにだ! 身体中の骨が粉砕骨折してんだぞ、こちとらまともに息すらできねぇ! はやく、どけ!!」

「あ、ごめん」


 リメアが立ち上がって周囲を見てみれば、まるで隕石の直撃を受けたような、凄惨な現場だった。

 樹木はなぎ倒され、低草や茂みはチリチリと火の粉を飛ばし、リメアたちを中心に黒土が露出している。

 

「おい、勢いには限度ってもんがあるだろ? こちとら九十年近く到着を待ってたってのに、この、仕打ち……かよ……」


 少年は大きく咳き込むと、噴血しながら意識を失った。

 大の字に広がった手足がビクンビクンと痙攣している。周囲には焦げ臭い匂いが充満していた。

 申し訳無さを感じつつ、リメアは青空を見上げる。

 ざっと二百五十万光年の大跳躍。

 身体中に漲っていたエーテルも、到着時の減衰にほぼ使い果たした。

 常人にとっては果てしない距離でも、これからの旅においてはたった一歩、前に足を踏み出したに過ぎない。

 流した涙も笑い声も、遥か彼方。

 眼前には、純然たる未知。

 リメアは下ろした手をきゅっと握りしめ、胸いっぱいに息を吸い込んだ。


「大気、よし。気温、よし」


 すーっとする襟足を触ってみると後ろ髪はほぼ失われており、ワンレングスボブになるまで髪が短くなっていた。

 あと少しでエーテルが枯渇するところだったことを知り、リメアは小さく身震いする。

 慌てて夜空へ向かって両手を開き、大気からエーテルの吸収を試みた。

 5次元空間のさざなみを受け、凪の中、毛先が音もなく波打ちはじめる。

 反応が始まった毛先から色が移ろい、キラキラと星が瞬くように明滅した。


 「うん、エーテル濃度は少し低めだけど、十分、十分!」


 山間から夜明けの太陽が異なる方角より2つ顔を出し、リメアの横顔を白光で照らす。

 どこまでも続く群青色の空に、リメアは細い腕を精一杯伸ばした。

 

「待っててね……!」

 

 

 頬を撫でる朝の涼やかな風が、溢れる思いを三つの月が連なる空へと運んでいく。

 星の海をまたぐリメアの果てしなく長い旅と冒険の日々が、静かに幕を開けたのだった。


(1章後編 星繋ぐ絲、罪罰の輪舞曲 完)


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