白い頭の鷲さん(バルド・イーグル)
スー族の呪術師であるイスカは前を進む小さな背を馬上でみつめていた。
騎馬がぶるるとわずかに頸を振った。この騎馬の名は「霧島」だ。大精霊の国にある山の名前らしい。
名をつけるということじたいが驚きだ。部族ではめったにつけることはない。
異国からやってきた大精霊は凄い。部族にいる同じ気を持つ大精霊はいまだその大いなる力を秘めたままだ。いや、そもそも大いなる力がワカンタンカである。兎に角、あきらかに部族の大精霊と異国の大精霊の性質は違う。兄弟らしいがどうしてこうも違うのだろう。宿る人間にもよるのか?
そうだ、その人間だ。部族のそれは二人とも長老格だ。いつもティピーに座して部族の様子を把握している。だが、こちらのそれは壮年と幼子だ。二人とも人間として凄いなのだ、じつは。
この小旅行の目的の一つもその凄いに起因する。お陰で久しぶりにこ大いなる大地を感じられる。感謝すべきだろう。
イスカはまた小さな背をみつめ、それから横をみた。
「磐梯」という名の黒馬を進める隣のワパシャも嬉しそうだ。
「おーい、そんなとこでなにしてる?」
藤堂は地上から空をみ上げて尋ねた。その視線の先には幼子がいる。母屋の屋根の突端に立ち、瞼を閉じている。まるで空から下りてくる神の啓示に耳朶を傾けているかのようだ。
「平助兄っ!お話しているの」そのままの姿勢で幼子は答えた。これが普通の子ならなにをしているという前に屋根の上にいることじたいを注意すべきだし、そもそもそのまえに助けにいかねばならぬだろう。もっともこの子なら屋根の上から飛び降りることなど階段を降りるのと大差ないのだろうが。そう考えると藤堂は可笑しくなった。
「お話?系統の違う神と?それとも近しい神と?」くすくす笑いながら問い返しているとスー族の戦士たちと若い方の「三馬鹿」が何事かと集まってきた。若い方の「三馬鹿」はスー族の戦士たちに自主的に弓矢の鍛錬をみてもらっているのだ。
「違うよ平助兄、鳥さんだよ、大きな鳥さん。すごくよくみえるよ。ずっと北のほうはまだ雪だらけだ」
「銀、掌を」市村は幼子の説明の間に田村の重ね合わせた掌を跳躍台がわりにし軽々と屋根上に飛び上がった。
全員の身体能力は抜群に向上している。
「どれどれ?」市村は幼子の横で空をみ回した。なにもみえない、当然だろう。
「やっぱおまえ馬鹿だな、鉄?」地上で藤堂がくすくす笑いながらいった。「平助兄っ!」市村がいい返そうとしたところで玄関ポーチに土方と白き巨狼が現れた。
「馬鹿に馬鹿っていわれちゃしまいだな、鉄?っていうかおめぇら、玄関先でなに騒いでる?鍛錬さぼってんじゃねぇよ」
「はぁ?副長、馬鹿って・・・」土方は不貞腐れる藤堂の肩を「冗談だよ」とでもいうように軽く小突く。
『同調しているのだ、鳥のみているものを一緒にみているのだ。朱雀以外の鳥がこの子にみせたがるとは。大きな鳥?鷲の類か?』
白き巨狼がスー族の戦士たちに英語で大きな鳥について心当たりを尋ねると、即座に返ってきた。
『白頭鷲、大いなる魂です』
白頭鷲はその名のごとく白い頭を持つ猛禽類最大の偉大なる空の王者だ。北米に分布しており、この国の国鳥である。そしてこの国に古より住む民たちにとって白頭鷲はもっとも神聖な存在としている。強さ、あるいは指導者の象徴がこの白頭鷲だ。
『白い頭の鷲さんに会いたいな。鷲さんもわたしに会いたいっていってるよ』
屋根上から幼子が英語で叫んだ。
「朱雀が妬くんじゃないの?」藤堂が呟いた。
そこじゃねぇだろ?土方はいいかけて止めた。屋根上のわが子をみ上げた。そこにいるわが子は、白い頭の大きな鷲さんにすっかり魅入られているようだ。
ますます成長している。違和感もまたそれと同じだけ増えてゆく。
厳蕃は「村正」の遣い手である。そして亡くなった甥と同じくあらゆる武器と語り合うことができる。ゆえに「村正」以外でもあらゆる業物・無銘問わず遣うことができる。それだけではない。厳蕃は自身で刃金を鍛えることもできる。尾張領内の刀工孫六兼元の下で数年教えを乞うたのだ。
此度の作戦で全員が太刀を振るうかどうかは別とし、けじめとして得物の状態は万全にしておきたい。平素は斎藤の指導の下それぞれが手入れに余念がない。だが、新撰組の時分から振るわれてきているそれらは、程度に差はあれどれも刃毀れや傷が生じている。
全員の得物を鍛え直すこととなった。同時にあらたに鍛え上げる作業も進めることとなった。
厳蕃はまず自身の「村正」、ついで息子の愛刀「関の孫六」を鍛えた。後者は厳蕃の師の四代前の作に当たる。
その後すぐ厳蕃は自身の愛刀である「村正」を甥に預けた。
その「村正」を背負った幼子と「関の孫六」を佩いた厳周、白き巨狼、朱雀、そしてスー族の二人の戦士たちは騎馬に跨りしばしの旅にでた。
白い頭の鷲さんに会うこと、全員分の騎馬を用意する為の野生馬の調達がその目的だ。
だが、じつはいま一つ目的があった。
「柳生の大太刀」の挑戦、だ。
厳周は背にその馬鹿長い太刀を背負っている。
厳蕃は息子らを見送りながら信じずにはいられなかった。
息子が「大太刀」に認められる、ということを。
 




