KATANA!
ヴィト少年は畜舎で行われている異国人たちの鍛錬の様子を興味深くみつめていた。
この日はいつもより気温が高いとはいえ40°F(約4.5度)ほどしかない。ヴィト少年は毛糸のセーターを重ね着し外套を羽織り毛糸の帽子に革の長靴姿だ。それでも寒いのか畜舎の隅でコートのポケットに掌を突っ込み前屈みになっていた。だが、長い鼻梁の上にある二つの瞳に宿る光は初対面のときのそれと明らかに違っていた。
「踏み込みが甘い」「もっと顎をひけ」「だめだだめだ、振りかぶりすぎだ」
先生役の厳しい注意や改善点が畜舎内に響き渡る。
だれもが真剣だ。新たな目標を前にだれもが前向きだった。
早朝から行われていた鍛錬は昼を回ってようやく終わった。
昼食はいつも以上に賑やかだった。
故国伊太利亜で食堂を営んでいたことのあるカルロは、持参してきた食材でパスタとピッツアを作ってご馳走してくれた。
これには全員が喜んだ。そして全員が等しく納得した。
こんな美味いものばかり大量に食せばそりゃがたいもよくなるはずだ、と。
『トシ、ぼくに刀の遣い方を教えてよ』
食後、ヴィト少年は土方の前に立つと英語でそういった。
『刀?小刀ではなく?』土方は伊太利亜人少年としっかり視線をあわせてから返した。
『ぼくは小さくて非力だ。いまのままでは自分の身すら護れない』一語一語しっかりと言葉を紡ぐ少年は真剣だ。追い詰められた者特有の悲壮感すら漂わせている。
土方がさりげなくカルロとリオへと視線を走らせた。護衛役の二人も少年の悩みを薄々勘付いていたらしい。心配げな表情とさらには気遣わしげな視線を送って寄越した。
『日の本の刀はどんな剣よりも強くって弾丸や砲弾も斬ってしまうんでしょう、トシ?』
ヴィト少年にそう教えたのがだれかはいうまでもない。土方をはじめ大人たちの視線が市村へと向けられた。当の市村は隣に座している島田の背にこそこそと隠れた。
『ヴィト、持ってみるか?これは「鬼神丸」。鬼と神をうちに宿している』
斎藤が右腰に佩く「鬼神丸」を鞘ごと差し出した。
「悪魔?」沖田がくすくす笑うと同時に土方の鋭き視線が飛んだのはいうまでもない。
『われわれの刀は一振り一振り銘が違うのだ。刀鍛冶が心身を削って鍛えてゆく。それを継ぐのがわれわれ武士だ。刀鍛冶が丹精込めて鍛えてくれたこれら刃をやはり心身を削って振るう』
斎藤はわかりやすく説明しながらヴィト少年が自身で「鬼神丸」を鞘から抜けるように導いた。
男児が武器に興味を持つのはどこの国も同じなのだ。ヴィト少年の両方の瞳が輝いている。
鞘からゆっくりと抜かれる「鬼神丸」。その妖艶なまでの刀身がじょじょに室内の温かい空気に触れてゆく。
『うわー、すごい!」
文字通り手取り足取り導いてやり、正眼の構えをとった伊太利亜の少年をみて大人たちは驚いた。
「すごいな、なかなかのものだ」「あぁ鍛えりゃ皆伝までいけるぞ、ありゃあ」「どこかの鬼さんよりよほどきれいで堂にいってるよ」
伊庭、永倉、沖田の素直な感想だ。無論、沖田が述べた途端にどこかの鬼さんの眉間に皺が刻まれたのはいうまでもない。
『ハジメ、とても静かだけど力強い感じがするよ』納刀すると少年は興奮冷めやらぬていでいった。
『どれ、おつぎはおれが手ほどきしてやろう』「手柄山」をひらひらさせながらいい、永倉がそれを構えさせてやった。
『すごいねシンパチ、どこまででも突き進んでいけそうだ』
そして沖田も「菊一文字」で理心流独特の構えをさせてやった。
『躍動感に溢れてるね、ソウジ』
語彙の多さにも驚きだが、握っただけで的確に遣い手の特徴をいいあてていることに全員が驚きを禁じ得ない。
『ヴィト、わたしたちは驚いたよ。きみもまた触れるものの心のわかる特殊な力を持っているようだ』
厳蕃はいいながら少年の前に膝を折った。両肩をその分厚く小ぶりの掌で掴んだ。しっかりと目線を定めてからつづけた。
『ヴィト、きみは将来こういう武器の類をきみ自身が遣うことよりもむしろそれらのを遣う者を遣わねばならないだろう。きみはきみ自身ではなくきみの家族を護るために敵を殺したり傷つけたりすることを命じることになるだろう。きみの気持ちはよくわかる。だが、いまはまだ護ってもらうべきだ。武器は他者を傷つけると同時に自分をも傷つける。それはここに』五本ある方の掌で少年の心の臓あたりを軽く叩いた。『一生消えることのない傷を残すことになる。きみはやさしい子だ。だが、けっして弱いわけではない。今日ここで日の本の武器をきみは握り、構え、感じてくれた。刀はわれわれ武士の魂であり生命そのものだ。いま感じたことを忘れないでほしい。そして、きみが他者を傷つけるたびにこのときのことを思いだしてくれ。きみに刀の遣い方は伝授できないが、きみの親友とわたしとでその精神をみてもらおうと思う。それでいいかね?』
伊太利亜の少年は日の本の大剣豪の双眸をみつめてしっかりと頷いたのだった。




