考察、最強神と小さき龍の大きさ
「申しておくがわたしは蒼き龍をみたことはない。ゆえにどの位の大きさかは知らぬ。が、うちなるものの記憶をたどれば蒼き龍のお気に入りの場所はわたしのうちなるもの、すなわち白き虎の背の上だった」
「ええっ!」ほとんどの者が叫んだ。
すでにスー族の二人とフランク・スタンリーたちは食べ終えて午後の狩りの準備に食堂からでていっていた。フランクとスタンリーも今回の狩りを愉しみにしていた。もっとも狩ることにではなく、その後の「兎の肉の煮込み」のことをだが。
「虎の背に龍がのれるのかな?そもそも龍と虎って対の存在という印象だけど。じつは仲がよさそうだし」
沖田がいうとその隣で伊庭も義手のほうの掌で顎を擦りながら同意した。
「うちなるものと師匠やこの子ではないほうの坊の性質などは影響を受けているのでしょうか?」
「まてまて八郎、大きさの話からずれているぞ。なにゆえ性格の話になる?わたしが暴れん坊とでも申したいのか?」
「さまざまなな意味でまさしくそうですわよね、兄上?」皆のカップに紅茶を注ぎ終えた信江が席につきながら言の葉の刃をさりげなく翳した。
砂糖を多めに投入してからほどよく温めた牛乳を注ぐ。牛乳もまた好みが分かれていた。臭いが苦手だという者がいる。
「そういう意味ではありませぬ。たとえば白き虎は弟が可愛くてならないでしょう?それはあなたも同じですよね、師匠?甥の為なら虎にでもなんにでもなれるしなんでもする。まぁしいて申すなら剣においてはあなたは虎そのものだ。そしてこの子でないほうの坊のそれは龍のようだった。きっとこの子も龍のような剣を遣うことになるのでしょう」
伊庭は義手でないほうの掌を伸ばすと朝のお供え物にやっとありつけた小さな龍神の頭を撫でてやった。よほど腹が減っていたのか一瞬だけ伊庭をみ上げて笑顔をみせたがすぐにまたパンにかぶりついた。
「わたしの剣が虎のようだと?おぬしにはそのように感じられるのか?」カップを食台の上に置いた虎の神様の驚愕の声音が食堂内に響いた。
「えっ?わたしだけでなくみなそう感じていると思いますが?ねぇ、しんぱっつあん?」「ああ。虎そのものだ。そしてあいつは龍そのもの・・・。師匠、いっときますが、これは真実を知る前からそう思ってましたよ。真実を知ってかえって納得できたくらいです」
「まさか父上、ご自身でわからなかったのですか?」厳周は小さな龍神の口許についたパン屑を指先でかいがいしく拭ってやりながら尋ねた。「ということはおまえもそうおもっているということなのだな?そうか・・・」小さく吐息をついてから言をつづける。「正直なところ、わたしは自身の性格や剣の性質がわかっておらぬ。自身がわからなくなることも多々あるのでな・・・。剣においてはいつでも自身と向き合っているだけだ。それはあの子も同じだろうしそれからこの子も同じようになるだろう。そうか・・・」甥をみると甥も伯父をみていた。すくなくとも飢えを凌げたので満足しにっこりと微笑んだ。微笑み返すと伯父のほうは視線を窓の外へと向けた。
朝の陽光を受けた積雪がきらきらと光っている。どこもかしこも雪だらけだ。これから雪が融け春の息吹とともに大地が芽吹いてきたら伐採のつづきをすることになる。
その頃には使節団となんらかのかたちでやりあっているだろうか。ニック夫妻が戻ってくる頃には、つぎはスー族の戦士たちとともにこの大陸の中央部分に移動しようかと話が進んでいた。
この大陸に古より棲まう民と侵略者たちとの間に起こっていることをみようというわけだ。できればなにか手助けができないか、と。
四神の残り二神の存在も気になるところだ。
それがあきらかにうちなるものの導きであることはわかっている。まずは四神の合流が目的だ。それから人間へなんらかの制裁を加えるのだろうか?それが既存の民を滅ぼす為かそれとも侵略者に鉄槌を下す為か、あるいは両者を悉く喰らい尽くす為かはわからない。
それでも進まねばならぬのか?選択肢はないのか?人間が、具体的には土方やその仲間たちが決することもじつはそのように仕向けているのがうちなるものなのだ。
依代はそれを手助けしていることとなるのだろう。
『まったくもって話にまとまりがないのぅ?童どもが知りたいのは虎と龍のどちらが強いかということか?それともあまたいる神々の中でどの神が一番強いかということか?』
白き巨狼の思念で白き虎の依代ははっとした。
「あまたって神様ってそんなにたくさんいるの、壬生狼?」玉置が尋ねた。
『ふんっ、それこそ偉大なる存在から糞の役にも立たぬ存在までな。最初は神であってもその対の存在へと降格したりその反対もある。無駄に多いのだ。無論、われわれのように素神に幾つも格付けされる場合もあるがな』
大好きなホットチョコレートを舐めた後の白き巨狼の口許の毛が茶色くなっている。それを大きな舌で舐めまわして白き巨狼の朝食は終了だ。
『全知全能、という意味ではゼウスという神が有名だ。偉大なるという意味ではキリストや仏陀、オーディン、シヴァ神、アッラーフやアトゥム、とにかくわたしでもきいたことのない神も多々おる。武神としてもポセイドーン、セクメト、インドラ、カーリー、アレース等々。こちらも一個小隊ができるほどの数の武神軍神がおる。ちなみに亜米利加には神という概念はない。スー族の呪術師はわれわれを「大精霊」と呼ぶが、じつはそれは宇宙の真理だ。そもそもの起こり、原理ということだ。神を持たぬゆえ、信仰する対象がないゆえ侵略者どもはそれを野蛮とみている。人間の驕りとは不快極まりない。野蛮はこの世に生きるべきでない。それゆえ滅すべし、だ。永きに渡り鎖国をつづけていた日の本には神がいた。そして神の裔を帝と頂いている。程度の差はあれほとんどが神を知っており崇めている。ゆえに異国人たちはすぐには攻められなかった。たとえ侵略されたとしても亜米利加の民のようにはならなんだだろう』
白き巨狼の説明はこれまでよくわからなかったこの国の事情の一端をわからせてくれた。
『神は人間の驕りとそれに伴う非道を正すかそれとも古からの伝統や慣習を拭い去るのか、どちらだと思う厳蕃?』名で呼ばれるとカップの取っ手に触れる厳蕃の指先が止まった。そう、まさしく考えていたことを指摘されたのだ。
『まぁよい。どうなるかは決まっておるのだから・・・。そうだな、わたしも話が逸れてしまった。が、そろそろ童どもも事の真実を知っておいたほうがよかろう?さて、そろそろ質問に答えておこうか。わが子よ、おいで』
育ての親に呼ばれ、育て子は素直に椅子からその背へ飛び移った。
『火と水ではどちらが強いと思うか?なにものをもってしてもけっして消すこと叶わぬ燎原の火、そしてなにものをもってしてもけっして絶えぬことのない水・・・』
白き巨狼は育て子を背にのせ扉に向かって歩みはじめた。木の床を爪で掻くカチカチという音がいやに大きく響き渡る。
『火はすべてを焼失させるだけだ。だが、同じ消失させるだけでも水は生命を育む素でもある。神々の中には水を司る神もあまたおるがわが末子の青龍に勝る神はおらぬ。なにゆえか?青龍には他に大国主命や大神という国そのものを司る全能の神の格付けがあるからだ。甘えん坊のきかん坊ではあるが本気になれば最強なのだ。しかも傍にはいつも火を司る最強の神たる白き大虎、蒼き龍の兄神がついておるからな』育て子が白い冬毛に覆われた背に相貌を埋めた。それはまるで蒼き龍と白き虎のようだ。
『その最強の神も生まれたときは小さかった。白き大虎の背で過ごし、甘え、わがままいっぱいだった。それからは別れ別れだ。依代同士の接触が直接龍虎のそれにとはならぬのでな。つねに傍らにいるにもかかわらず兄弟神の距離は遠い。兄神は寂しさにいつも不機嫌だし弟神はいつもしくしく泣いておる』一息入れてから思念が紡がれた。
『いまの蒼き龍の大きさはわからぬな、残念だが。もっとも、神獣も人間と同じで成長はする。何千年単位だ、すこしは大きくなっているだろう。さぁこれで神からのありがたい話は終いだ。あとは童どもそれぞれが想像せい。もしかすると近いうちに拝めるやもしれぬぞ』
扉の前でふと四肢を止めた。わずかに振り向いたその黒い双眸の先には、白き巨狼のうちなるものである黄龍の正妻の依代だった人間の実妹が食台で優雅に紅茶を啜っている。
『信江、ホットチョコレートのおかわりが欲しい。淹れてくれ』そういったが、いわれた側は無反応だ。
『信江さん、ホットチョコレートを淹れてください、お願いします』
英語による懇願にようやく反応があった。信江は呑み終わった紅茶カップを持つと立ち上がり、白き巨狼とわが子に近づいた。
「喜んでお淹れしますわ、狼神。いえ、黄龍様。最強の息子神の父神様こそもっとも強く全能でいらっしゃるのでしょうね、きっと?」
信江はわが子の頭を撫でながら尋ねた。
『子は親を超える日がくる。それがいつかは神さえもわからぬ』信江をみ上げる白狼のなんともいえぬ表情は息子を持つ土方や厳蕃をはっとさせた。
「そうですわね、黄龍様。さぁみなさん、家事のお手伝いをお願いします」
信江が掌を打ち合わせて音頭をとると全員が機敏に動きだした。無論、その夫も含めて。
夫より妻のほうが統率力があることが多々あるのだ。
「父さん、太るよ」台所へ向かう廊下で育て子は育ての親にいった。『うるさい。今日は狩りをするからその分消費するのでいいのだ』「いやだよ、兎さんを殺すの」『殺さずともよい。追い、仕留めるまでの過程が大切なのだ』
「ほんと、父さん?ありがとう、大好きだよ」背にいる育て子は育ての親の頸に抱きついた。
『昔からそうだったな、おまえは?たとえ虫一匹であっても殺せなんだ』
「人間を除いて・・・」ピンと立った白い耳朶に育て子はそう囁いた。
その声音は深い悲しみを帯びていた。
 




