新選組の翼ある隊士
『狩り?』居間に土方の頓狂な声が響き渡った。
スー族の二人と向き合っている。
『兎が多いようだ。おそらく、それを捕食するき獣がこの辺りから消えてしまったからだろう。このままではせっかく整備した地も兎の巣穴だらけになってしまう』
呪術師の説明に土方は眉間に皺を刻み込んだまま一つ頷いた。
『しかし、おれたちは猟師の経験はない』『ははっ、それを狩る為の獣はいるけどな』笑いながら会話に入ってきた永倉がそう言った途端『わたしは誇り高き獣の神だぞ、猟犬ではないっ!』「キイッ!」と人間と同じように当然のごとく居間にいる四つ脚と翼ある獣の怒りの叫びが起こった。
「新八兄っ、朱雀も怒ってるよ」朱雀の代弁はその小さな友がする。「朱雀は会津候から下賜された鷹狩り用の鷹だろう?」「確かに朱雀はあいつが会津候から戴いた鷹だがな。あいつはまだ訓練前の幼鳥を希望したんだ。ちょうど会津のほうで訓練前の幼鳥がいるってんでそれを貰い受けたんだ。ゆえに朱雀は鷹狩りなんてしねぇ」土方の説明の後にその息子が継ぎ足した。「朱雀がいってるよ。みんなと一緒だって。新選組の一人だって」幼子の声音はどこか誇らしげだ。その小さな肩で日の本生まれの大鷹が胸を張り、翼のない仲間たちを見回している。
「悪かったよ、朱雀。そうだな、いつだって空におまえの雄姿をみるたんびにおれたちはみな安堵したり嬉しくなったもんだ」永倉が素直に詫びた。森の伐採作業でますます立派になった腕を大鷹のほうへと伸ばすと大鷹は宿り木をそちらへと移した。それはまるで永倉の侮辱を許す、とでもいうようだ。
「ああ、そうだよな。朱雀いるところあいつがいたんだ。だからいつも空に朱雀が飛んでるのをみるとおれたちはほっとできた」子どもと動物の好きな原田もまた朱雀とは京の頃から仲がいい。いまも長い指の先で永倉の腕に上にいる大鷹の小さな頭をかいてやっていた。大鷹は気持ちよさそうに瞼を閉じている。
「新選組の一番の功労者は朱雀だ。こいつの仕事の迅速さと正確さは他に類をみねぇ。どんな無理難題でも文句や愚痴一つ漏らさずこなしてくれる。一番組の組長にしてもいいくらいだ」「なにいってるんです「豊玉宗匠」?一番組の組長なんて下っ端すぎますよ。副長、なんていいんじゃないですか?」「うるせぇっ総司」眉間に濃く皺を刻んで沖田を睨み付けた後にそれを消して自身の肩を叩くと、大鷹は止まり木を土方の肩へと移した。
「朱雀、おれたち全員おまえに感謝してる。おまえほど利口で勇敢な隊士はいねぇ。これからも頼むぞ」「キイッ!」大鷹は鋭く一声鳴くと小さな頭を土方の頬に擦り付けた。鷹の寿命はどの位なのか?鷹は伴侶をどうするのだろう?この国で朱雀の相手がみつかるだろうか?などと考えてしまう。
「副長の命なら鷹狩りをするっていってるよ、父上」足許でみ上げる息子の小さな頭を撫でてやりながら土方は頭を振った。
「いたずらに殺生をすべきではない。人間も動物もそれは同じだ」『だが、人間が自然を荒らし、そこに棲まうあらゆる動植物の秩序を、さらには棲まうべき地そのものを奪っているのも確かだ。その為、この辺りから捕食動物が消え去り捕食されるべき小動物ばかりが増えてゆく。小動物は草を食みやがてそれも喰い尽くされて人間の領域を侵す、あるいは餓死する。呪術師のいう通りある程度の淘汰は必要なのだ。これはいたずらに奪うのではなく自然を護る為の淘汰だ』
獣神の最後の言の葉にほとんどの者がはっとさせられたはずだ。それには重みがある。そして考えさせられる。人間はそれより弱い動植物を淘汰する。そしてその人間を淘汰するのが神々・・・。兎のように人間が増え神の領域を侵すことになれば神々は躊躇せずに淘汰を行う。現にいまここにそれを行っている三神がいる。
しばしの沈黙の後、気を取り直すかのように斎藤が口唇を開いた。
「その生命を無駄にしなければいいのではないでしょうか、副長?先日、兎をみかけたときにフランクとスタンリーが話していました。『兎肉の煮込みが喰いたいな』と。それがなにかはわかりませんが、二人ともなんともいえぬ表情で話していましたからきっと美味い料理なのでしょう。われわれが喰う為、ということでしたらいたずらに生命を奪うことにはならぬかと。もっとも、ただの気休めかもしれませぬが」とめずらしく意見した。
土方はしばし黙考していたがついに決断した。
「よし、われわれが喰う分だけ生命を分けてもらおう。朱雀、おまえが主役だ頼むぞ」「キイッ!」
大鷹は土方の肩上で誇らしげに翼を広げて土方の命を了承した。
「父上、朱雀が「承知っ!」だって」
そう、やはり朱雀も新選組の隊士なのだ。了承の意は「承知」以外にない。
「焚き付けた責はとるべきだな、子犬ちゃん?」囁いたのは厳蕃だ。秀麗な相貌ににやにや笑いが浮かんでいる。真に愉しそうだ。
『わかった、わかった。猟犬の役は御免被るが捕食者としての神髄はとくとみせてやろう。童どもよ、目玉をひん剥いてとくとみるがよい』
白き巨狼は立ち上がると颯爽と居間の扉へと歩きはじめた。
「あいかわらず口の減らぬ子犬ちゃんだ。おいおい、どこへゆく?かような夜半に狩りにゆこうとでもいうのか?」
『子猫ちゃんはこの家にのさばっておる鼠とでも戯れておれ。かような時刻に兎がおるものか?そろそろ信江がホットチョコレートを作る時間だ。わが子よ、おまえの母上に催促するのだ』
「なぜなの父さん?自分でいえば・・・。放してよ、いやだよ」白き巨狼は育て子の頸根っこをむんずと銜えるとそのまま居間の床を引き摺りはじめた。向かう先が台所であるのはいうまでもない。
それをみた全員が「神よ、真剣なのか?」と心中で問うたのはいうまでもない。




