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神の子人間(ひと)の子剣士の子

 全員が床に座り込みそれぞれの夜を過ごそうとしたとき、まだ立っていた厳周が不意に口唇を開いた。

「わたしだけ帰らせるということは命じないで下さい」厳周にはいいたいことがあったのだ。それは副長・・に対してでなく実の父に対してだ。「それと、顔が割れていないから外すということも抜きです」さらにいい募る。父親の心中を看破することなど息子にはまだできない。だが、父親の性質たちや行動はある程度わかっている。

「尾張柳生の現当主としての責を放棄していることは承知しております。三佐じいやにも引退しているのにまた柳生家や道場をみてもらって悪いと思っています。その他の高弟たち、それと大叔父たちにも。いずれは戻ってけじめはつけます。ですがいましばらくは一緒に、新撰組なかまたちと、あなたといさせてください」

 握り締める両の拳が震えている。まるで駄々っ子のようだ。それを無言のうちに凝視する父親。

「それに、あなた方・・・・をどうにかできるのは叔父とわたしなのでしょう?わたしにもそれをする責があるはすですよね、父上?」柳生の血は頑固すぎる。それ以上に厳周は生真面目すぎなおかつやさしすぎるのだ。

「厳周?」うろたえたのはその叔父だ。土方は甥に近寄るととりなすように両肩に掌を置いた。それから義兄を仰ぎみる。なんともいえぬ表情かおをしている。

「ああ、勝手にするがいい。この父の頸を刎ねてくれるというのだ、喜ばねばならぬのだろうな、のう息子よ?」

 それは嫌味などではない。うちに神を宿す者としての真の気持ちなのだろう。

「させやしない。師匠、あなたの息子にそんなことをさせやしない。それに厳周にはもっと鍛錬が必要でしょう?帰らねばならない理由はないはずですよね」割って入ったのは意外にも沖田だ。「まったく、柳生は頑固でわからず屋で可愛くないですね。どうしてこう素直に喜び合ったりぶつかり合えないのかな?師匠、あなたやこの子の頸を刎ねるような事態にしなければいいだけのことですよね?ええ、わかってます。神の力に勝てるわけないってこと。その気になれば神々は必ずやそういう事態を招くでしょう。おれたち非力な人間ひとは団結してそれに抗って被害を最小限にしなきゃならない」そこで一旦溜息をついてからつづけた。「共存の方法はないのですか?」

『小さき蒼き龍のほうはまだ扱いやすいが白き大虎の方はそう簡単ではない。が、問題はそれぞれの性質たちや関係だけではないのだ』彼らのうちなるものの父神ちちがみが答えてくれた。欠伸混じりではあったが。

『わたしの依代はもともと狼神ホロケウカムイだったからいいが、こやつらは人間ひとを依代としている。いずれは体躯自体がもたなくなる。つまり劣化してしまうわけだ。うちなるものはそうなる前に依代から離れる必要がある。その為には心の臓を抜き取るか頸を刎ねるしかない。まあ、おぬしらわっぱどもが生きている間はそうならぬようこの麗しき神々の一王ひとつおうたる獣の神キモツベカムイが力を貸してやろうではないか』

「なにが麗しき、だ子犬ちゃんパピィ笑わせるなユー・クラック・ミー・アップ!」

父さんミチ厚かましいホワット・ア・ナーブ!」

 狼神ホロケウカムイを依代とする黄龍の自画自讃は二人の息子らには不評だった。

 だが、人間ひとにとっては神のお墨付き、あるいは啓示にかわりはない。

「頼みます、狼神ホロケウカムイ」厳周は両膝を折って白き巨狼の頭をぎゅっと抱いた。

『しょうのないだ、だが承知した』

「壬生狼、大丈夫。ちゃんと奥の手もあるから」厳周に抱きしめられどこかご満悦の白狼の耳朶に沖田が囁いた。

『例のあれか?確かにあれならばわが三男も犬のごとく尻尾を丸めるやもしれぬな』

「まてまてまて、おいまてっ!」沖田の囁きは囁いているわりには居間のうちにはっきりと響き渡るほどの大きさだ。きき咎めた土方がすぐに反応した。

くそっファック!」といいかけたところで尻すぼみに終わった。

「みなさん、就寝前の呑みものですよ」信江が居間に入ってきたのだ。

「あっ手伝いますよ、姐御」立ちはだかる土方をかわして信江に近寄る沖田の背に土方の小声の罵倒がぶつかった。


「厳周、ありがとう」それぞれの呑みものをとりに全員が移動しはじめてから土方は甥にそっと囁いた。無論、近くで義兄がきいていることを承知の上で。

「叔父上、わたしのほうが礼を申し上げねば」

 土方は口唇の前に指を一本立て、片膝折るとすばやく甥の耳朶に囁いた。

「おれたちはだれの頸も刎ねねぇ、いいな?」それから立ち上がった。

「信江、おれと厳周にはホットチョコレートを頼む」「なにをいってるんです、あなた?台所キッチンに用意してあります。ご自身で取りにいって下さいな」

「おお、こわっアイム・スケアード!」

 土方は肩を竦め、甥と相貌をみ合わせ苦笑したのだった。

 


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