Welcome home,Hachiro!
寒波が過ぎた。
同時にニック夫妻の出航日が決まった。
それだけでなく街にでることができたので情報がもたらされた。
故国からやってくる使節団の一行の動向について、だ。
そしてなにより、一行を湧かせたのは伊庭と田村の帰還だ。
『どれだけ感謝してもしきれない本当にありがとう』
伊庭はまずニック夫妻に報告とお礼とを述べた。
ニック夫妻は、伊庭に義手入手の段取りをつけてくれたばかりかすべての費用を賄ってくれたのだ。
『すばらしい。どうだい、付け心地は?』「八郎、これからも大変でしょうけどがんばってね。あなたならなにがあってもなんだってやれるわ』
ニックもキャスも伊庭を抱擁してともに喜んでくれた。
そして夫妻は慌しく旅立った。
当初の予定が変更になり、急遽欧州に向け荷を運ぶことになったのだ。今回の航行は短期間とのことで近いうちの再会を約しての別れだった。
『小さな英雄、元気でね』キャスは幼子に接吻の嵐を降らせた。子のいない夫妻は異国の幼子や若い方の「三馬鹿」をことのほか気に入り可愛がってくれているのだ。
『アメリカの母さんもお元気で』幼子は頓着なく接吻を返し、若い方の「三馬鹿」はかなり尻込みし照れまくりながらもキャスの両頬に接吻し、しばしの別れを惜しんだ。
信江もまた初めてできた「異国の姐御」とのしばしの別れを惜しんだ。
全員に見送られてニック夫妻は農場をあとにした。
「本物みたい、どうなの?」「動かしてみてくれ」「一見しただけではわからないな」
伊庭の義手を全員が感心しきりだ。義手を短期間で製作したウイリーのその玄人の仕事ぶりを讃えた。
木と豚の皮とで作られたそれは、ウイリーの集大成ともいえるものらしい。これからの訓練次第では剣を振るい、ある程度の日常生活なら苦もなくできるだろうということだ。ただし、それにはかなりの努力を要するのは当然のことだ。そして、すでに伊庭はその努力の真っ只中だった。付き添いの田村が泣きながらその努力振りを語るものだから、島田も原田も同様に号泣してしまった。
「副長」伊庭は土方のことをいまでは「副長」と呼んでいる。「あなたにも感謝しています」「馬鹿いってんじゃねぇ。ひとえにニック夫妻の厚意とおまえ自身の努力だ。よく頑張ったな」旧知の兄貴分に肩を抱かれ、伊庭は男泣きせずにはいられなかった。
「師匠、あなたや厳周にも感謝しています」「八郎、わたしも義弟に同感だ。おぬしもわたしにとってはいまや息子同様。案ずるな、しっかりと鍛えなおしてやるからな」土方同様小柄な厳蕃にも肩を抱かれますます涙の止まらぬ伊庭であったが、泣きながら「ああ神様!」と呟いてしまった。「鍛えなおしてやる」に対しての心からの叫びだ。
『系統が違う!』「系統が違う」
白き巨狼と幼子にいっせいに突っ込まれ、泣きながら両の瞳をぱちくりさせているのは伊庭だけでなく田村も同様だ。
「八郎兄、『ああ大神』だよ」伊庭は義手ですばやく涙を拭ってから大人たちの足許でぴょんぴょん飛び跳ねながら訴える幼子を抱き上げた。
「大神、そして龍神よ心から感謝します。それから、すこしは手加減してもらうようどうかあなたの兄にお願いしてください」
伊庭に両掌で宙高く抱き上げられた小さな神様は歓喜の声を上げた。
「そのお願い、小さな蒼き龍は叶えてやってもよいっていってるけど白き大虎は考えさせてくれっていってるよ、八郎兄」
伊庭の両掌のなかで幼子が笑いながら叫ぶとだれかが噴出した。全員が笑いだす。当の白き大虎も含めて。
「八郎兄、銀兄、おかえりなさい」
幼子の叫びは伊庭と田村の精神を十二分に癒しいたわってくれたのだった。




