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愉しきかな鍛錬

 20°F(マイナス5℃)にはなっているだろうか。畜舎の外は風と雪とが舞い狂っている。ある意味ではありがたい。なぜなら深更とはいえときにはこっそり鍛錬したがる仲間たちもこの悪天候では母屋から一歩もでることはできぬはずだ。せいぜい母屋の一番広い空間である玄関ホールで腕立て伏せや倒立などをして筋力を鍛える程度だろう。

 そう、ここのところの悪天候はかえって絶好の鍛錬日和といえた。

 まもなく厳冬期は去る。そうなればまた開拓作業が始まる。街にもいけるようになるのでなにかしらの情報も入るだろう。あらかじめ食料などの生活必需品は買い貯め込んでいるため、生活そのものの不自由はない。いかに食べ盛りも含めたおとこ所帯とはいえその量はたかだかしれている。

 

 岩で作った暖炉に薪をくべ、火が焚かれていた。だが、この氷点下にあってはまさしく焼け石に水程度の効果しか発揮していない。いまそこで暖をとっているのは白い巨虎をうちに宿す小柄なおとことうちに黄金の龍を宿す白い巨狼であった。

 人獣は口煩い。それらに視線を走らせたと同時に心の片隅にそのことがちらついた。刹那人獣それぞれの眉間に皺が寄ったのが分かった。

「息子よ、もう一つ岩を抱えよ」人間ひとの非情な命が畜舎内の冷気を切り裂いた。『ああ、あの一番大きながいいのではないか?』獣の思念も非情極まりない。

「やめてくれ坊、集中しなくては。抱えさせられる身にもなってみろ」従兄が嘆息しつつ足の裏・・・から身軽に下り、指示通りの大岩を抱えて戻ってきた。すでに抱えている大岩と二個合わせれば四十貫(約150kg)以上はあるだろう。一個ずつそれぞれの肩に担ぎ上げ、従兄はまた元の場所に戻り立った。倒立している小さな幼子の足の上に。

 大岩を軽々と抱えて小さな足の裏の上に立つほうも抱える力とかなりの集中力を要する。なにより土台に対する信頼感がなくばできうる技ではない。絶対に倒れない堅固な土台として上に立つ自身を支えつづけてくれるという安心感がなくばこうして重い岩を肩に担ぎ上げて平然と従弟を踏みつけになどできるはずもない。

 大岩二つにそれを抱える人間ひとも合わせれば五十五貫(約200kg)程度か。

 なんの変化もみられぬままいたずらに時間ときだけが過ぎてゆく。

「親指二本だ」大人の命に幼子は気合代わりに短く「はい」どだけ応じ慎重に掌全体からそれぞれの親指へとすべての力を移してゆく。土台もまた足の上にいる従兄のことを信頼しているからこそ土台としていられるのだ。

 そしてたった二本の指だけで五十五貫を頂く。畜舎内のあまりの寒さがシャツを脱いだ幼子の上半身から湯気を立たせている。

 時間ときだけが過ぎてゆく。


 厳周はすでに感心をとおりこして脅威すら感じていた。

 生前・・、従兄がこれだけの鍛錬を習慣としていたとしたら、それは神レベルというよりかはレベルだろう。

 従兄と会ったのはたった一度きりだったが、力を推し量るのにその一度で充分だった。そして、それがこうした鍛錬の賜物だということをあらためて思い知らされた。

 従兄は自身のことをばけものと称していたらしい。

 ああ、そのとおり。力、精神力ともに人間ひとを超越したばけものだ。否、もはやをも超えているに違いない。

 だが、それは父親にもいえることなのだ。

 彼らはやはり凄いザッツ・インクレディブル

 父と従兄弟・・・に対する賞賛と憧憬は尽きそうにない。

 

 まさかその従兄が従弟として生まれかわっていたとは・・・。生まれてきた従弟は蒼き龍をうちに宿していたのではなく、死んだ従兄そのものだったとは・・・。

 真実を知ったとき、驚きはしたもののある意味では安堵し納得できた。なぜなら、あのようなをうちに秘める剣士がほぼ同時期に幾人もこの世に存在するなど不自然すぎる。もっとも、神を秘めるほうがもっと不自然ではあろうが・・・。

 正直、嬉しかった。嫉妬していたことへの贖罪ができる。そしてなにより父の心奥に灯火が戻ってきたような気がした。

 ゆえに誓った。生まれかわった従兄を実弟とするのだ。力は敵わずともそれ以外で。

 

 五十貫(約155Kg)の岩を両肩の上に担ぎ、馬歩をとる甥に肩車されながら・・・・・厳蕃もまた驚きを禁じえなかった。小さな背丈でとる馬歩だ。厳蕃が膝を曲げていなければ地に足先がついてしまう。

 馬歩は中国武術の基礎だ。中国武術はそこからはじまるといってもけっして過言ではない。いわゆる空気椅子の姿勢を維持することによって筋力精神力を同時に養うことができる。なにもなくてもじきに太腿や腕が震えてくるというのにそこに六十貫(約225kg)以上の重量を頂きすでに四半時(三十分)以上経過している。だが微動だにしない。すさまじい体力と精神力だ。

 これだけではない。つぎからつぎへと行われる鍛錬の数々はさしもの厳蕃をいちいち驚かせたり呆れ返らせた。自身も鍛錬が好きだがこれはよもや好きの範疇を凌駕してしまっている。

 やはり甥は「馬鹿」だった、とつくづく思い知らされた。しかもどれ一つとっても理に適い効率的で効果的だ。だらだらと時間ときをかけずとも短時間で一通りこなせばあらゆる武術格闘術に対処できるだけの基礎力がつくのだろう。以前は暗躍あるいは表立って活動する合間にこうして効率的に行っていたに違いない。

 現在いまは以前の状態コンディションにより早く戻るため、こうして時間ときをじっくり使う必要があるのだ。

 これらの鍛錬はけっして強いているというわけではない。鍛錬という概念ではなく真剣な遊び、というほうが適切なのかもしれぬ。上達や目標のための辛く苦しい茨の道ではない。真剣に遊んで力を得た、ということなのか?

 一生を修行に明け暮れ、力や技を追求した昔の武術格闘家たちからすれば、これはきっと奇異にしかみえぬだろう。

 

「準備ができたぞ、坊」

 畜舎の隅から厳周が声を掛けた。畜舎の柱から柱へ縄を渡したのだ。しかもそれはぴんと張られてはおらずわずかにたわんでいた。そのように従弟が要望したからだ。

「兄上、ありがとうございます」馬歩の姿勢からゆっくりと膝を伸ばしてゆく。これくらいでは根負けしないくらいの体力精神力が幼子に戻ってきたようだ。

「伯父上、岩だけ置いてください。伯父上はそのままで。いまからあの上を歩きます。失敗するかもしれませぬが」

『案ずるな、わが子よ。あのくらいの高さならば子猫ちゃんキティはくるりと一回転して飛び降りられる』白き巨狼の思念に噴出したのはその育て子に子猫ちゃんキティの息子だ。

「まてまてまて、子犬ちゃんパピィにそれはできぬだろうが?」「え、そこなのですか父上?」腹を抱えて笑う息子に父親の端正な相貌の眉間に皺が寄った。

「当然だ。身体能力においては猫科のほうが犬科より優れているということをわからせてやる」

「お待ちください伯父上、わたしも犬科のようなものなのですぞ」当の幼子が叫んだ。

 神々よずれている、と唯一神をうちに宿さぬ人間ひとはその心中で突っ込まずにはいられなかった。

『ずれてはおらぬ』「ずれてなどおるか」「ずれてはいませぬ」

 すぐさま神々がいい返したのはいうまでもない。

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