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博打打(ギャンブラー)

 動体視力を養うというこじつけから始められたそれは、いまや全員が参加するまでに至っていた。

 

 ニック宅には大きな納屋や畜舎がある。畜舎は馬や牛を五十頭は収容できるだけの大きさだ。無論、現在いまは猫の仔一匹飼われているわけでなく、ドン・サンティスが手配した馬車馬が二頭いるだけだ。

 四つ脚、という点では白き巨狼も数のうちに入るのか?

 この夜は招待客ゲストが多かった。そしていまは主賓ゲスト・オブ・オナーを待っているところだ。他の招待客はすでにこの納屋を訪れており、揃って縄で縛られ猿轡を噛まされた格好で土の上に丸太のごとく転がされていた。

 主賓ゲスト・オブ・オナーはもう間もなく到着するはずだ。待っている間、主賓ゲスト・オブ・オナー家族ファミリーであるヴィト少年を慰めようと坊や若い方の「三馬鹿」たちが故国の遊びを始めた。鬼ごっこやかくれんぼ、である。すると暇を持て余した大人たちもそれに加わりはじめた。そうなると今度はそれが激しく、また高度になっていった。そう、まさしく鍛錬へと激変してしまった。そうなるとヴィト少年がついてゆけるわけもない。そこで文化的な遊びへと変じた。

 これには異国の大人たちも喜んで参加した。ニック、フランク、スタンリー、ワパシャにイスカ。

 新撰組でお手軽にできるということで夜な夜な行われていたそれは、単純極まりないのでだれでもすぐに覚え愉しめる。

 賽子サイコロを使った丁半博打だ。

 賽を振る際に動体視力でもってみ極める、と原田か藤堂かがいいだした。

 それには土方も眉間に皺を寄せつつも大目にみるしかなかった。

 ヴィト少年が両のを輝かせ、喜んで参加していたからだ。


 本来なら畜舎のうちでの焚き火はご法度だ。だが、現在いまここに燃えるようなものはない。そこで大きめの石を運び込んで暖炉もどきを造り、そこに火を焚いた。キャスと信江が夜食がわりにと馬鈴薯じゃがいもをもってきてくれたのでそれを焚き火に放り込んで焼いた。

 新撰組でも秋の愉しみの一つとして芋を焼いたものだ。それはなにも新撰組でだけではない。だれもがわらべ時分ころに一度は経験しているだろう。

 芋の種類は違うが馬鈴薯じゃがいももほくほくとしていてうまかった。全員が舌や唇を火傷しながらもお腹いっぱいになるまで食した。ヴィト少年も大人の拳大のものを五個も食べた。

 それからまた丁半博打を愉しんだ。

 

 原田は玄人はだしだ。じつは腹の一文字傷の原因の一つがこれだった。松山で中間だった時分ころ、中間仲間と丁半博打のいざこざが発展し、挙句売り言葉に買い言葉で腹を切ったのだ。

 原田は普通に賽子サイコロをころがすだけではない。いかさまも上手かった。この技術テクニックは新撰組でも活かされた。不逞浪士を罠にかける為に一芝居うったのだ。

 だが、今回は様子が違った。特殊能力をもつ者たちがここでもその力を示したのだ。

 錻力ブリキ製のカップをツボがわりにし、原田は自前の賽子サイコロをそれに放り込んで軽く振り回し、胡坐を掻いた膝頭の先の土の上に音を立ててそれを置いた。

「さあ、ないかないか」居並ぶ仲間たちを促す。「丁」「半」と各々コマ札がわりの小石をツボ振り役の原田の前かあるいは向かい側に置く。ツボ振り役の手前が丁、向かい側が半となるのだ。

「こまが揃ったな?勝負」原田がツボを開けると、各々が神に祝福や恨みの辞を述べる。

 そして、述べられる側である。これがまた完勝なのだ。

「なにこれ千里眼なの?」「賭場に行くには必需品・・・だな」沖田や永倉だけではない。全員が同様のことを強く思っているのはいうまでもない。

「ちぇっ、これじゃ左之助様の名折れだ。どうです、師匠?やってみませんか?」

「ほう、いいのか?」博打などこれが初めてだという片方の神が上機嫌で応じた。「左之兄、わたしもっ!」幼い神もやりたがるのは当然のことだろう。

「いいとも、坊」原田は一つ頷いてから二個の賽子サイコロを大人の神の指が五本あるほうの掌に握らせてやった。

 博打再開。原田はつぎは客になって賭け始めた。

 大きい方の神も小さい方の神も原田の挙措を何度もみているのでツボ振り役も堂にいったものだ。三度ずつ交代でツボ振り役をやった。

 その間客役の原田はすべて負けた。

(こんな馬鹿な・・・。ありえねぇ・・・)愕然とした。いくつか所持する賽子サイコロでも仕掛けのしている二個を渡した。じつはそれらは丁しかでないようになっている。なのに半しかでないとは・・・。


「お客様がおみえですよ」

 信江が納屋にやってきた。それでこの夜の余興は終了となった。

「ああ、こんな愉しい遊びがあったとはな」「父さんミチ、みてた?」『ああ、みていたともわが子よ』神々もご満悦だ。

「どういう仕掛けなのだ、これは?」「面白い賽子サイコロだね、左之兄?」

 客人を迎える準備に散っていった仲間たちの背をみつつ、まだ衝撃ショック覚めやらぬていの原田に声量を落とした神々の言の葉が下りてきた。

 それはまるで鋭刃の如く原田の精神こころを抉る。

(こっちがききたいくらいだ、神様よ。どうやったらぜったいでない目をだせるってんだ?)

 原田は神々に問うた。その心の奥底で。


「父上、面白いですね」「ああ、だが人間ひととしてはあまりいい行いではない。あくまでも遊び、だ。いいな、坊?」「はいっ、父上」「あなたもですよ、義兄上あにうえ?女遊びに博打こんなことまで加わったら、わたしたち・・・・・は確実に信江に淘汰されます」

「そうか・・・。わかった、心しておこう」いたずらをみつかったわらべのように大きい方の神はしょんぼりした。

『いい鍛錬のように思えるがな、だまし合いの?』「はぁ?どういう意味だ、壬生狼?」

 なにも知らない土方と神々の遣り取りをみつつ原田は心中で再度問うのだった。

(神々よ、つぎはあるのか?)と・・・。


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