暗殺者たち(アッサシンズ)
天井をみ上げたまま居眠りしていたらしい。瞼を開き、最初に思ったことは煙草のことだった。寝台での寝煙草は無論のこと指に挟んだまま居眠りしてしまうのでそれ自体やその火を膝の上に落としてズボンを焦がしてしまうことが多々ある。
案の定指の間にそれはみあたらなかった。膝の上に、と思ったがズボンに焦げ跡はなく、床の上にもみあたらない。
そのときになって初めてきがついた。自身の横に幼子が座っていることに。そして、正面の長椅子にもまたみ知らぬ漢が・・・。
『こんばんは、おじさん』天井からぶら下がる洋燈の下、その幼子が東洋系であることだけははっきりとわかった。反射的に腰を浮かしそうになったフリオのその左腕を幼子の右掌が掴んだ。
骨が軋む音を初めてきいた。他者のそれではなく自身の、だ。
再び長椅子に腰を下ろさされたフリオの左腕を幼子の掌が容赦なく締め上げてゆく。呻き声がフリオの口唇から漏れはじめ、それは次第に悲鳴へとかわってゆく。
『暗殺者か?』対面の漢の問いと同時に幼子の掌の圧力から解放された。
呻き声を上げながら左腕を右掌でさするフリオの眼前に自身の煙草の箱が差し出された。
『ナイフ遣いだな・・・。さあ煙草を吸え』
眼前に差し出された箱から震える指で煙草をつまみ上げると、今度は火の点ったマッチが差しだされた。 震えを帯びた煙草がその火の前に翳され、その先端部分に淡い光が移った。
『便利なものだ』漢がマッチをひらひらさせた瞬間、窓の外で二発の乾いた銃声が響きそれとほぼ同時に窓ガラスが弾けた。
『ひいっ!』というフレオの悲鳴と「おおっと!」漢自身の故国の驚愕の声音が重なった。
『伯父上、驚いた』幼子がくすくすと笑いだした。
フレオの煙草の先端、そして漢のマッチの先端、ともに吹き飛んでいた。
この部屋の通り向かいの部屋に潜んだスー族のワパシャとイスカがライフルで狙い撃ちしたのだ。室内に点ったささやかな光源を狙い撃ちする射撃技術はまさしく熟練の域にあるだろう。
『行きましょうか?ご招待します』
漢に促されるままフリオが立ち上がったとき、廊下側の扉が開いた。フリオ自身の手下ならノックなしに扉を開けることは絶対にない。したがって手下ではないことは確実だ。
「義兄上」フリオは入ってきた東洋人をみて嘆息した。手下がことごとく殺られたと思った。そして自身もまた・・・。
「下は片付きました。無論、全員無事です。ああ、敵味方関係なくって意味ですが。間もなく迎えの馬車がきます」
「それはよかった。この漢が首領のようだ。丁重にな。坊、隣の部屋にいってお友達を連れてきなさい」
「はい、伯父上」幼児は長椅子からぴょんと飛び降りると父親の脚に縋り付いた。そしてすぐに部屋から走りでていった。
ほどなく、幼児が少年の掌を引っ張りつつ戻ってきた。
『|ヴィトだね(ヴィト?)?さあ、お家に帰ろう』
華奢で気弱そうな少年の前に片膝つき、土方は目線を異国の少年としっかり合わせてから英語で話しかけた。
『ありがとう』少年は何度も礼をいった。最初は口中で、それからその声は徐々に大きくなっていった。緊張と不安から開放されるとヴィト少年は初対面にもかかわらず土方に抱きつき泣きはじめた。
廊下でそれをみている涙もろい原田と島田がやはり鼻水を啜っている。
『心配要らないよ』土方は少年を抱き締めてやった。
わが子が不安で押し潰されそうになって父親に泣きつくようなことはけっしてないだろう、けっして・・・。
そこではっとして土方はわが子をみた。視線が合うにきまっている。なぜなら、わが子は父親の心中をわかっているのだ。
子のほうが先に視線を逸らした。あいつよりかはずっと感情表現は豊かだが、それでも甘えることは苦手なようだ。
なにも考えないようにと思いつつやはり嘆息せざるをえない。
自身もまた甘えさせることが苦手なのだ。
感情表現とは難しい、と土方はあらためて思い知らされた。




