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搦手攻略

 建物の裏側は狭い路地だ。目標の裏口のドアの前で二人のおとこが立っている。路地に灯火は一つもない。夜目に慣れた三人にはその二人がドアにもたれかかって煙草をくゆらせていることがはっきりとみえていた。

 降りしきる雪のなか見張りも大変だろうなと気の毒に思いつつ島田は腰から小刀ドスを抜いた。これは故国からもってきたものだ。京にいた時分ころ巡察中にみつけた質屋にあったものだ。どこかの極道者やくざものが借金のかたにでも置いていったものかもしれない。刃渡り十五寸ほどのそれは巨躯の島田にはちょうどいい得物だ。京から江戸、会津、そして箱館、ついには異国にまで伴ってきた。密偵中に二度ほど遣ったがそれ以降は手入れのときに抜く程度であった。その機会がなかったからだ。それでもしっかりと手入れされた小刀ドスは大きな利き掌のなかで馴染んでいる。太刀と違って小刀ドスなら狭い場所でも容易に振るうことができる。とはいえ、小刀ナイフは好きになれない。亜米利加ここ軍人いくさびとが携帯している小刀ナイフをニックがそれぞれに配ってくれたが、それはどうも好きになれない。巨躯の島田には小ぶりすぎるのだ。京時代からの相棒山崎や藤堂、相馬、玉置ら小兵は気に入りすすんで遣っているようだが。あとは槍遣いの原田も然り。長躯で腕の長さのある原田だがもともと槍だけでなく小刀もよく遣う。その原田も亜米利加ここの戦闘用の小刀ナイフをすっかり気に入ってしまったようだ。今回の作戦にも上機嫌で振り回していた。


 路地はものが溢れていた。木箱、ゴミ、なにやらわからぬもの等々。見通しはかなり悪い。

 島田は抜き身を後ろ掌に路地の中央をゆっくり歩を進めた。無論一人ではない。三位一体。今回は相馬と野村と組んでいる。二人は小刀ナイフを掌に物陰に隠れながら標的までの距離を縮めてゆく。「壬生浪」にとって暗さは障害でもなんでもない。それは京であろうと異国の地であってもかわりはない。

 緊張がかえって心地よい。

 見張りが近づいてくる巨躯に気がついたようだ。ドアから背を引き剥がすと島田のほうを向いた。もう一人もほぼ同時に島田をみた。

なんだおまえはチ・コザ・セイ?』伊太利亜イタリア語で誰何された。古今東西こういう状況シチュエーションででてくるお定まりの文句フレーズだ。すくなくとも島田はそう思った。ゆえに『旦那さんマリート火をプレ・ファボーレ貸して下さいプレースタミゥ・ファウコ』と厳蕃から習ったとおりにいってみた。

いいだろうサレッベ・ベッロ』なんと通じたらしい。肯定的な返答のようだったが同時に相手の気がかわった。警戒、ついで害意へと。

 二人の伊太利亜イタリア人たちは同時に腰の拳銃嚢ホルスターから拳銃ガンを抜いた。

 その刹那、物陰から相馬と野村が飛び出しそれぞれ相手の口を掌でおさえ、小刀ナイフを首筋に当ててそのまま物陰に引き摺り込んだ。

どうしたコ・ザ・チェ・ディズ・バリアット?』

 敵もかなり警戒しているのだ。さきほどのささやかな誰何をききつけたのか裏口が開いた。伊太利亜イタリア語の問いに木のドアの開く軋み音が路地裏にいやに大きく響いた。

 島田は一足飛びに裏口の階段を駆け上がると中からでてきた大柄なおとこの腕を空いたほうの掌で掴んだ。そのまま腕をひっぱり小刀ドスの柄で当て身を喰らわせた。石の階段に倒れそうになるのを受け止め、肩に担ぎ上げて物陰へと運び込んだ。そこにはすでに相馬と野村が当て身を喰らわせ気絶している二人の見張りが縄で縛られていた。じつに手際がいい。さらに加わったいま一人も準備していた縄で相馬が縛り上げた。やはり準備していた布をそれぞれの口中に押し込んでおくことも忘れやしない。


「さすがだな、お二人さん」島田が囁くと相馬も野村もそれぞれの相貌ににんまりと笑みを浮かべた。

「魁兄、死番はおれたちが・・・」囁き返して野村が先にゆこうとするのを島田がその肩を掴んで引き止めた。

「ここは年長者を立てるべきだろう、利三郎?」「年寄りの冷や水?」相馬がくすくす笑いながら冗談ジョークをいった。その頭を軽く小突いてから島田はつづけた。

「中は狭い、敵の動きに注意してくれ。それではゆくとしようかね、若人たちよ」

 島田、相馬、野村は音も気配もさせぬまま裏口から侵入した。

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