Lure out(誘き寄せ)
ヴィッツイーニ・ファミリーは伊太利亜人が経営している酒場にたむろしている。
その夜、ドン・サンティスの手下のカルロとレオはその酒場のガラスドアを開け、そこに呆然と立ち竦んだ。
『おおっと!』まるでそこがヴィッツイーニ・ファミリーの縄張りであったことを知らなかったかのようにカルロとレオは神に恨み言を呟きそれから脱兎のごとく駆け出した。
『追えっ!サンティスのとこのやつらを捕まえろっ!』ほろ酔い気分も手伝ってかヴィッツイーニ・ファミリーのごろつきどもはいっせいにバーを飛び出し、二人を追いかけた。
『くそっ!走るのは苦手だ。後は頼むぞ』『もうだめだ』カルロにつづいてレオも息絶え絶えに叫んだ。イタリア語と英語を交えつつ。
銃や拳は得意の二人も自身の二本の脚を使うことは苦手らしい。
夜も遅く治安のよくないこの辺りでうろうろしているのはいかがわしい連中ばかりだ。しかも今夜は雪が降りつづいていることもあって人気はない。舗装された土道にも雪が積もり、そこに数本の轍が刻まれていた。
二人を追ってきたのは十人程度。全員がすでに拳銃嚢や懐から拳銃を抜き放っている。
その追っ手の前に三人の漢たちが立ちはだかった。そして追っ手を包み込むようにその背後の脇道から拳銃やライフル銃を持った四人の漢たちが飛び出した。
「十名だけどどうする、一さん、厳周?愉しんでいいわけかな?」「物騒なことをいうな、総司。副長の命を忘れたか?鉄と玉置、それにスタンリー、フランクに撃たせぬようすべて峰打ちする。いいな、総司、厳周?」「承知」素直な厳周は即答したが沖田は左の人差し指を唇に当て、しばし黙考している。
「わかってる総司、おまえが四名でいい」それをよんだ斎藤がなかば呆れたように提案すると沖田は秀麗な相貌を輝かせた。雪雲に覆われ街灯もない夜道。夜目に慣れた斎藤と厳周の瞳に沖田のいたずらっぽい笑みがはっきりとみてとれた。
「大好きですよ一さん、さっすが「近藤四天王」の三番手」
「やめてくれ!それに三番手とはどういう順序だ?」苦笑しながら反論する斎藤を沖田はますます面白がった。
「お二人ともそうしていてください。わたしが先陣をきらせて頂きますから」
「あっ、厳周っ!抜け駆けだ」
すでに「関の孫六」が抜き放たれていた。その遣いての言が終わらぬうちに雪と同じ色の剣筋が軌跡を描く。その都度呻き声と雪の積もった道の上に人間の倒れる音が重なった。
それにつづく沖田の「菊一文字」の剣筋と斎藤の「鬼神丸」のそれ。
敵対する二人組をいたぶろうと追ってきたヴィッツイーニ・ファミリーのごろつき十名は、なにがおこったのかわからぬまま昏倒されたのだった。
「せっかく峰打ちと小刀と銃の練習をしたのに成果をみせられなかった」「あれだけの練習でこれだけうまくできるわけないよ、てっちゃん。やはり先生方はすごいよ」
市村と玉置の反応はあいかわらずだ。
「鉄、くさってる暇はないよ。理心流をみっちり仕込んであげるからね。それこそ成果をみせられない位に」
「嘘でしょう?沖田先生、それって先生のしごきにおれが耐えられないって意味でしょう?それは勘弁してください」
市村がひいた。沖田の冗談はときとして冗談になっていないからだ。
「おいっ、急げ。馬車に乗せて副長のところに向かうぞ」斎藤がさりげなく救いの手を差し伸べてくれた。
さすがは鬼の懐刀、とわけのわからぬ感心をしながら市村は気絶された伊太利亜人たちを縄で縛り上げたのだった。




