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従兄弟同士

 小さな小さな体躯。そこに宿る力がどれだけ強大であろうとも引きだせるものはたかだかしれているのだろうか?

 空から落ちてくる白いものは日中よりもはるかに増している。

 荒れた土地から掘り起こした岩を積み上げて作った暖炉もどきに伐った材木をくべ、そこに火を焚いた。降りしきる雪に負けず炎は勢いよくあがり、それはさらに勢いを増して踊っている。

 紅蓮の炎・・・。

 幼子は体躯が冷えるのもかまわずその仮の暖炉に近づこうとしなかった。それどころかわざと距離を置いたところに埋まっている木の根っこを引き抜こうと躍起になっていた。

「坊、今夜はもういい。掌がぼろぼろじゃないか」「いいところまでいっているんだ。明日にはできるようになる」「母上が心配しているぞ」

 従兄の再三に渡る言の葉も幼児の耳朶には届かないのか?小さな小さな掌に太い鉄鎖はただの凶器でしかない。両の掌から血がぽつりぽつりと落ちていく。

 鉄鎖を引き摺って抜くというような生易しい方法ではなく、伯父と同じく一気に引っ張って抜こうとしていた。

 その小さな姿には鬼気迫る以上のものがあり、もはや従兄もそれを止める術を知らずただみ護るしかなかった。

 いまできなければこの世の終わりがくる、とでもいうのか?

 厳周には助言アドバイスさえする術がなかった。自身もこれをするには鍛錬が必要だからだ。否、小さなものならともかく父親がしてのけたような大物を引っこ抜くにはどれだけ鍛錬してもしたりないかもしれない。すなわち自信がなかった。

 心底凍える、とはこのことだ。せめて側にと自身も仮の暖炉から離れ、従弟のすぐ傍で律儀に両膝を折って同じ目線で様子を伺っていた。従弟のほうがまだ体躯を動かしているし精神こころを集中しているのでさほど寒さは感じていないのかもしれない。故郷の尾張も冬は寒いし積雪もあるが、この異国の地とは比較にならぬほど穏やかといえよう。否、やはり自身が未熟だからこれほど寒く感じるのだろう、と意識のどこか遠くで思ったような気がした。 


 はっと気がつくと、自身の頬に小さな頬が重ねられていた。眠りかけていた、と厳周はこのとき初めて気がついた。

「兄上、わたしは大丈夫。もうじきできるようになりますから。だから火の傍にいてください」

 幼子は厳周に頬ずりしながら囁いた。掌が血まみれなので頬ずりするしかない。

 頭の中が寒さでじんじんする。不覚にも意識が朦朧とするのをどこかで感じつつ、それでも従弟を案じてかぶりを振った。振ったつもりでいた。

「申し訳ありません。わたしの所為であなたに寒さ以上の負担を強いてしまいました」

 幼子が囁きつづけた。が、その従兄はそれをどこか遠くできいている所為か幼子らしからぬ内容であることにまったく気がついていない。

「お願い父さんミチ、温めてあげて」『そうしてやりたいのはやまやまだが、わたしの美しく肌触りのいい体毛は雪で濡れてしまっておる。かえって肌を凍らせてしまう。馬鹿な子らだ。おまえはとっとと鍛錬を終わらせ、この子・・・この子・・・自身の馬鹿親父に介抱させろ。いまごろやってきおったわ』そう腐りつつも白き巨狼は厳周の冷え切った体躯にぴったりと寄り添った。幼児は掌の血糊を自身のシャツとズボンに擦りつけてから従兄の両の掌を取った。それからそれを育ての親の腹部に導いた。自然、厳周は白き狼の巨躯を抱く格好になる。

 温い・・・。厳周はやはりどこか遠くでそう感じた。

 そして、その冷え切った背に尊敬する父親の声音が当たったような気がした。

「なにを手間取っておる?おまえが最初にそれができたのは何歳いくつのときだ。おまえが望んだことだぞ?姿形なりの所為にしてくれるなよ?息子をかような寒さのなかにこれ以上晒さないでくれ。そして、わたしと息子、それにを失望させないでくれ。おまえ・・・の一族を悲しませてくれるな」

 燃え盛る薪のすぐ横で柳生の剣士が立っていた。その剣士の息子は朦朧とした意識のうちで、そして甥はしっかりとその言を受け止めた。

「ええ、わかっていますとも叔父上・・・」叔父上に、というよりかはその息子である厳周に囁く幼子。

「わたしが最初にこれができたのは二歳ふたつのとき。アイヌの人たちと村の地を整える為に行ったのです。ええ、わかっていますとも。なんの所為にも致しませぬ。ひとえにわたしが不甲斐ないからです。従弟殿・・・、しばしお待ちを。そして、しっかりとご覧ください。あなたの強さとやさしさがわたしの糧となります」

 厳周の両頬から小さな掌が離れた。幼子の言を理解するには心身ともに疲弊しきっている。


 ときを置かずしてやはりどこか遠くからみたそれをみていた気がした。

 獣のごとき咆哮とともに自身の小さな従弟が大きな木の根をいっきに引っこ抜いたのを・・・。

 否、小さな従弟に生まれかわった年長の従兄が以前の力を取り戻そうとしている雄姿を感じたのだった。


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