New York!New York!
ニックは紐育郊外に農場を持っている。とはいえ、家畜がいるわけではなく、実際には荒果てた土地と家屋があるだけだ。
航海の繋ぎ目に寝泊りしているだけの別宅のようなものらしい。
義手や義足を製作する装具士のウイリーは、伊庭の義手の製作を快く引き受けてくれた。それは、親友たるテディの紹介やあるいはその妹であるキャス夫婦及び持参品のスコッチの威光によるものではない。あくまでも義手を必要とする伊庭自身の人となりをみて、のことだ。
義手ができあがるまでしばし時間を必要とする。したがって、その間一行はニック夫妻の別宅で厄介になることになった。
全員が喜んだ。陸地で、しかも建設ラッシュで人間の多い街中から離れた郊外で過ごせるのだ。管理する者のいない荒れ果てた土地ではあったが、ここでなら思う存分鍛錬ができる。スー族の二人もまた、久しぶりの陸地と自然とにご満悦の風だ。
そんなある日、ニックは街にやってきていた。昼間は「ニューヨーク・タイムス」で記者をしているニック自身の従弟のポールに会った。ニックに同行したのは土方と厳蕃、山崎、斎藤、それに銃者のフランクの五名。
一行のうちで唯一和装だった厳蕃も陸地にあがる際にシャツとズボン姿になっていた。小柄ではあるが秀麗な相貌の彼もまたシャツにズボン姿はよく映えた。
ポールに会ったのは例の岩倉使節団の情報の入手を頼むためだ。紐育において、この当時独逸系移民が急激に増加しており、東方の小国の使節一行の来訪など小事の一つにも数えられない。だが、新聞記者ならその情報網でなにかしらの情報を入手できるかもしれない。というわけで頼みにきたわけだ。とはいえ、従兄の頼みよりポールの方が伝説の「竜騎士」の叔父たちの来社に驚き、逆に関心を抱かれてしまった。
「竜騎士」は暗殺者としてのみその武勇と名声を誇っていたわけではなかったのだ。
新聞社で驚喜したのは山崎も同様だ。新撰組の優秀な監察方であった小柄な漢は、この国の中心ともいえる紐育の情報の集積地に文字通り狂喜した。「ニューヨーク・タイムス」のことを瓦版の元締めだといい、まるで童のようにはしゃいでいた。その狂喜ぶりを目の当りにした土方は、弟子入りしたいとまでいいだすのではないかと密かに思ったほどだ。 もっとも、当人がそう考えたとしてもそこはさすがに控えただろう。山崎は新撰組あっての監察方であり、それ以上に土方子飼いの情報屋であることをなにより誇りに思っているのだから。
「ニューヨーク・タイムス」にいる従弟を訪ねた後、ニックは四名を伴って知りあいのドン・サンティスという漢を訪れた。ドン・サンティスはシチリア島出身の伊太利亜系移民だ。この紐育で手広く事業を営んでいる。つまり、この後台頭してくるマフィアの魁である。無論、裏稼業の賭博や密輸・密造、麻薬取引等悪事でもってその利益のほとんどを占めているが、表立っても肉屋や八百屋、パン屋、仕立て屋等を手下どもに経営させているだけでなく、縄張り内の商店をあらゆることから護ってもいる。もっともそのみかじめ料は決して安くはないのだが。
その首領が探しているという。ニックとドン・サンティスは、ときには助けてもらい助けてもいるいわば相互扶助という関係だ。それがこの紐育でうまくやってゆく要領の一つなのだ。
したがってドン・サンティスがニックを探していることを知ってしまった以上ニックはそれを無視するわけにはいかぬのだ。




