あらたなる旅立ち
「義弟よ、すまぬ・・・」
それから、白き巨狼をみおろす。
「今後は、狼神が護ってくれる。こうみえて、われらより頼りになるはず」
『おいおい、この期におよび、神あつかいに神頼みか?馬鹿馬鹿しい。おぬしがあの子に殺され、殺したあの子が一人、生き残ると思うか?さすれば、そうだのう。厳周の子として、生まれかわることとなる。おぬしがだぞ、厳蕃?』
「なにいっ!ならば、混血児か?」
『やめいっ!かようなときまでぼけるでない』
「さらにかわいく、かっこよくなるのでは・・・」
『やめよ、と申しておるっ』
その二人のやりとりに、ふきだす土方。
やはり、自身にはこの二人も含め、すべてが必要だ。
あいつも、否、わが子も含め・・・。
「壬生狼、義兄上を責任をもって連れていってしてくれ」
『承知した、わが主よ』
嬉々として、土方の命に応じる白き巨狼。
「おいっ、わたしの話をきいておらなんだのか?」
「義兄上、おれがあいつと話をします。あなたも相当な頑固者ですが、頑固さならおれも負けやしない・・・」
「その必要はありませぬ」
土方の言をさえぎり、岩場の蔭からあらわれたのは、厳蕃をのぞく柳生一族の面々である。
辰巳は厳蕃にちらりと視線を向け、土方の足許に片膝ついて控える。
「やめねぇか、おめぇは息子だ、坊」
すでに八回目。
かたくなに昔の習慣を護りつづける頑固な漢が、ここにも一人。
「あなた、スタンリーやフランクが・・・」
信江の報告に、土方の表情があかるくなる。
「きたか?」
「それが・・・」
厳周が、つづける。
「イスカとワパシャも。かれらもともに、と。しかも、どこかしらからとってきたシャツとズボン姿で、羽根飾りをとり、短髪にしてすっかり白人のような姿に・・・」
「なんだと?」
厳蕃の驚愕の叫び。
さらにつづけるのは、信江。
「ウイカサとチカラも。ご迷惑でしょうけど、いさせてください、と。二人はワンピース姿で・・・」
信江は、くすりと微笑む。
どんな女子より美しいじゃねぇか、と心中で呟く土方。
足許で、息子がにやにやとみあげているし、厳周も同様の表情でみている。
きっと、うしろにいる二人も、笑ってやがるにちがいない。
「丞さんと鉄が大喜びですわ。誠によかった。もっとも、わたしたちの馬鹿息子は、チカラやケイトが苦手ですので・・・」
土方の足許から、舌打ちがきこえてくる。
「母上にたいし、舌打ちとはなにごとだ?」
即座に、たしなめる土方。
「それと・・・」
「まだだれかいるのか?」
「お三方のお身内が・・・。こちらも、白人のごときいでたちで。なにゆえか、すこし若返ったようにもみえます」
厳周がつづける。
「なにいっ?お三方とはどこのお三方だ」
『冗談だと申してくれ、厳周よ』
無論、厳蕃と白き巨狼。
これで土方も決心がつく。
「よしっ、欧州だ。そっからまずはシチリアにいってヴィトに会い、阿弗利加にいってもよし、北欧にいってもよし、露西亜にいってもよし・・・。世界はひろい。神様も、いろんな神様がいる。人間と神様に会いにゆくぞ。そうときまれば、坊、朱雀JR.をフレデリックさんのもとへ。すべての馬を任せにゃならん。ゆっくり余生を送ってもらうためにな」
「承知」
「では、みなさんに伝えてきましょう」
信江が駆け去ってゆく。
「わたしとケイトは・・・。ともに参りたいですが・・・」
厳周は、視線を空へと向ける。
「これ以上、無責任なこともできますまい。日の本へ戻り、これまで学んだことも含め、つぎへ、将来へつなげます。みなさんとの再会を、心まちにしつつ。父上、いいですね?これは、現当主から隠居の身のあなたへの命です。家族を、このおおきな家族を、護り抜いてください。そして、かならずや孫の相貌を、成長した姿を、ご自身の瞳でみてください」
一気に告げる。
言の葉もない厳蕃。
『案ずるな、厳周よ。女にだらしのない、ろくでなしの柳生家の隠居は、わたしが責任をもって面倒みてやろう』
「父さんのいうとおり。いつかかならず、おじ上はあなた方夫婦にお返しします。これは失礼。まだ結納されてませんでしたね」
白き巨狼、辰巳の思念と言に、泣き笑いの表情で慌てる厳周。
「副長、準備が整いました。さっさとずらかりましょう」
「そうそう。「豊玉宗匠」は、逃げ脚が速いですからね」
「おっいうね、総司?」
「総司、いいかげんにしないか」
「つぎはもっと、でっかいことやりたいよな」
「ちっちゃいおめぇが、でっかいことってなんだよ?」
わいわいとやってきた。
大所帯。
これからの道中、さらに大変になる。
それでも、家族である。どんなことでものりきれる。
そして、つぎに、未来に、つなげる。
「朱雀、頼むぞ」
辰巳の腕より、大鷹が羽ばたく。
雲一つない空から、白い頭の鷲さんが広大な大地をみおろしている。
(了)
終章ならぬ「おまけ」
『ふふん。人間は誠におろか。まあよい。かようにみたいと申すなら、拝ませてやろうではないか』
土方ら一行だけでなく、スー族の人々も等しく注目する。
白き巨狼を中心に、神獣を依代とする二人の「偉大なる呪術師」、そして、厳蕃と幼子が立っている。
『わたしはしらぬ。わたしは関係ない。やるなら、おぬしらだけでやってくれ』
厳蕃は頑なである。その足許で、幼子が父親ばりに眉間に皴をよせている。
人間型をみせてやろう。
白き巨狼がいいだしたのである。
『案ずるな。わたしが制御する。おぬしは、ほんのわずか意識を譲ればいい。うたた寝程度にもならぬ間だ』
結局、白き巨狼におしきられてしまう厳蕃。
『さあっ、拝めっ人間よ。これがわれら神獣の人間型だ』
どろん!!と白い煙が、かわいた大地を覆う。
それが消えうせたとき・・・。
『キャーッ』
『素敵ーっ』
『かっこいい』
感情が乏しいはずの、スー族の女性たちから黄色い歓声があがる。
「まあああああああっ!!」
「かっこよすぎーーーーー!!」
信江、それからケイトまで・・・。
清の国の古き甲冑をまといし四武将。片膝立て、控えている。小脇に兜を抱え・・・。
右の二人は、長髪で知的な相貌立ち。
女性たちに笑顔を向ける。きらりと光る歯。二十代後半くらいにみえる。
切れ長の瞳、長い睫毛・・・。
左の二人のうちの一人は、まだ二十歳をすぎたころであろうか。
右頬にうっすらと傷があり、やんちゃな雰囲気がある。
だが、整った相貌は、右の二人に負けてはいない。
左脇に、兜ともに青龍刀を携えている。
いま一人は、まだ少年の域をでたばかりの年齢ごろ。
みるからにやんちゃ坊主という雰囲気ながら、美しくもある。さらには、かわいらしくも。
背に、二振りの大剣をおっている。
土方らをちらりとみ、ちいさく掌をふる。
そのかわいらしさに、信江とケイトがさらに興奮する。
そして・・・。
四武将のまえに、堂々と立ちしは大将軍。
金色に輝く甲冑、さらに輝く美しくもあり精悍でもある相貌。
どこからどうみても、まだ四十路をまわったばかりの年齢。
「詐欺だ」
だれかが、というよりかは、そこかしこから同様の抗議があがる。
「なんで狼やらよぼよぼのじーさんが、あんなになるんだ、ええ?」
「そうだそうだっ!嘘つきっ!地獄の閻魔に舌を抜かれりゃいいんだ」
土方と藤堂の抗議に勢いはなく、その声音は震えまくっている。
「副長と厳周が気の毒だな。すっかり虜になってる」
永倉は、女性陣をみつつ声を潜める。
「あぁだが、もっと気の毒なのは師匠だわな。負けてましたよってなこと、とてもじゃねぇがいえぬな」
「不愛想ではないか。その点は、師匠のほうが魅力的だ」
原田と斎藤も、声を潜める。
『どうだ人間よ。これが神獣の神獣による集大成。曰く「美」、である』
はーはっはっはっは、と大笑が、草原を、大空を、駆け巡る。
おおくの漢たちが神を呪い、信じることをやめた、ある晴れた日の午後のひととき・・・。