誠のこと
「まっ、覚悟するんだな、坊。「豊玉宗匠」は、いついつまでもしつこく覚えてるから。ねちねち嫌味をいわれるぞ」
沖田は、泣き笑いの表情で、辰巳の頭を撫でる。
「こいつ、このまえの「大太刀」のときには、暗示をかけてたんだな?」
「おまえ、生まれかわってもちいさいんだな」
「いいんだよな、坊?小は大をかねるっていうし」
永倉、原田、藤堂もまた、辰巳の頭やら肩を荒っぽく叩きながら声をかける。
「平助の馬鹿さもかわっておらぬ。それは、大は小をかねると申すのだ」
呆れかえった斎藤の言の葉。
「坊、きついことを申してしまったが、兎に角、おかえり」
それから、ぽつりとつけたす。
試衛館のころからの仲間・・・。
近藤、山南、井上、この三人のことも、いまだに想っている。
伊庭、山崎、相馬、野村、それから、市村、田村、玉置も、「おかえり」と迎え入れる。
経緯は兎も角、だれもがうれし涙を流している。
乾いた大地を湿らせるほどに・・・。
このままずらかったほうがいいのではないのか・・・。
だが、スタンリーとフランクを呼び戻す必要がある。
それに、せめてイスカとワパシャには事情を伝え、別れを告げたい。
なにせ、二人も家族の一員なのだから・・・。
そして・・・。
山崎と市村のことを、全員が案じてしまう。
山崎はウイカサと、市村はチカラと、それぞれ離れがたいであろう。
朱雀Jr.が飛んだ。
スタンリーとフランクだけでなく、イスカたちへの文をしたため運んでもらう。
スタンリーとフランクと合流するまでに、しばしのときが必要である。
土方は山崎と市村に、どうするかを考えるよう、そっと伝える。
それから、自身はかねてからの問題に向かう。
坊だけでなく義兄も残り、ゆく末をみ護るというのだ。
「われわれがいては、このさき、どこへ参ろうと殺し合いがつきまとう」
それが、厳蕃のいい分である。
「これに残り、戦がおわれば、われわれは人間のおらぬ無人島にでも参ろう」
そのとってつけたような嘘は、土方を不安にしかさせぬ。
「いいえ、それはさせませぬ。おれだけじゃない。ここにいるだれもが、それを許しませぬ。殺し合い?上等です。われわれは、もうその世界にどっぷりつかっています。逆に、なにもないことのほうが、われわれらしくない」
反論する。当然である。
「きいてくれ。あの子は、辰巳は、おそらくわたしの子だ・・・。そして、あろうことか、わたしはあの子に掌をだしてしまったらしい」
その告白に、土方は力ない笑みを浮かべ応じる。
「仁孝天皇がどのようなお方かは兎も角、坊はあなたに似すぎています。後半のことについては、捨て置けませぬが・・・」
『すまぬな。こやつは、記憶を封じられておる。巫女、すなわちわが妻は、帝を誑かし、その種子を自身に植え付け、その上で護り神であるこやつともやったのだ。ゆえに、あの子は、二人の血をひいておる。それどころか、あの子自身が神、大神なのだ。たしかに、後半のことは、馬鹿としか申しようがないな。姉を慕うあまり、その子を重ねてしまうとは。しかも、その生まれかわりに、とは。ケイトのあの小屋でらしい。こちらは、あの子に記憶を封じられた。あの子はそのときに、こやつの封じられているその深層をよみ、自身の出生の誠をしったのであろう』
白き巨狼の思念に、土方は驚愕する。
もはや、話がおおきすぎてついてゆけぬ。
それが正直なところであろう。
「隠していることは、それですべてですか?」
逆に、もうどうでもいい。
自身の瞳にみえ、精神で感じられることだけがすべて。
みえぬもの、感じられぬことに怯えたり憤る必要はない。
『われわれのしりうるかぎりのことは・・・。だが、あの子はしたたかだ。われわれのしらぬことを、まだ隠しているであろう。それに、あの子自身が気が付いておらぬなにか、もあるはず。いずれにしても、いかなる力、謎があろうと、あの子をとどめることが、従わせることができるのは、この世にただ一人、わが主、おぬしだけだ』
否、それは違う。白き巨狼のいうことが誠なら、蝦夷であいつが自身の頸を跳ね飛ばすのを、とどめることができたはずだ。
もっとも、生まれかわれることがわかっていたのなら、話は異なるが・・・。
「あの子は危険だ。うちなるもの以上に。だが、おぬしがいれば、あるいは・・・」
厳蕃は、華奢な両の肩をすくめる。
「義兄上、まさか坊に、あいつに殺られようとお考えなのではないでしょうね?」
その華奢な肩をつかみ、乱暴に揺さぶる土方。
よむ必要などない。
なぜなら、厳蕃の表情がはっきりとそう語っているのだから。