撃退
途中、まち伏せにうってつけの岩場をみつけた。
朱雀の瞳を通し、厳周が地形を確認する。さらには、追手の陣容も。
それをもとに、土方、厳周、相馬で戦術を練る。
岩場にさしかかる時分には、各人の配置、役割まで決まっている。
まずは斥候兵には、岩場で馬車が脱輪し、立ち往生しているところをみせた。さらには、その馬車や周囲に、重傷者が多数いるようにも。
無論、全員がぴんぴんしているが、包帯を巻いたり寝転がったり、呻いたり痛みによる悲鳴をあげたり、それっぽく演じたのである。
斥候兵が戻ってしばらくの後、本隊が急進してきたのはいうまでもない。
本隊が岩場へとはいってきた。
それを、左右に切り立つ崖上からみつめる。
まずは、島田、野村と市村が大小さまざまな岩を崖上から落とし、本隊の進路を断つ。
驚き慌てふためく騎兵たちを、山崎や相馬、田村に玉置といった射手たちが銃や弓矢を撃ち、射る。
恐慌をきたす騎兵たち。
そこに、土方、厳周、「近藤四天王」が襲いかかる。
騎兵たちは、たった一つ残された退路、つまり、やってきた方角へと馬首をかえし、拍車をかける。
四半時(約30分)もかからなかった。
「おれは甘いと思うか、厳周、主計?」
土方は、逃げ去る騎兵をみ送りながら、左右で轡を並べる二人に問う。
「連中は、女子供まで無慈悲に殺しまくった。それが戦だといやぁそれまでだろうが、すでに戦局的に勝ちが決まってるにもかかわらず、いたずらに人間の生命を奪っていいもんなのか?」
それは、問いではない。想い、である。
厳周も相馬も、なにも答えぬ。
答えなどない。
感情に、答えなどないのだから・・・。
「副長っ、騎影を確認。こちらへむかってきます」
崖の上から市村が叫んでいる。
「きいっ」
朱雀Jr.が上空を旋回している。
「どうやら、わが一族の帰還のようですよ、叔父上」
厳周が朱雀からの報告を伝える。
「しばしの休憩の後、パインリッジに向かう。朝食、といいたいところだがな・・・」
「承知。珈琲ならば・・・。淹れてまいります」
相馬は一礼し、吾妻をいたわりながら去ってゆく。
愛くるしい表情の吾妻もまた、老齢により調子があまりよくないのである。
「おめぇがいてくれて助かってる、厳周」
「ええ?突然、なんですか、叔父上?なんだか、気持ち悪いですね」
厳周は苦笑する。
「おいおい、どういう意味だ、そりゃ?誠の気持ちを述べてるだけだぞ・・・」
土方もまた、苦笑する。
掌を伸ばすと、甥の頭をごしごし撫でてしまう。
富士がぶるると鼻を鳴らすと、その横で大雪も鼻を鳴らす。
「叔父上・・・」
照れ臭そうに呟く厳周。
以前から、幾度かおなじような所作をしてしまうが、厳周は照れ臭そうにするものの、けっして拒否したり怒ったりはせぬ。
それは齢を重ねたいまも、である。
「すまぬ・・・。おれのなかで、子どもらはいつまでも子どもらだし、おめぇも会ったときの青二才のままでな」
さらに苦笑する土方。
「ええ?京で会ったとき、わたしは青二才だと思われていたのですか、叔父上?」
「いい意味でいってんだよ。できるやつだと、おれも新八らも最初っからわかってた。ゆえに、斎藤などは、あの場で立ち合いたいといいだしやがった」
「そうでした・・・」
そう、新撰組の屯所を訪れ、道場を見学した。
厳周はそのとき、「柳生の大太刀」を託すために、辰巳を探していたのである。
土方は、厳周の父親似の横顔をみながら不思議でならない。
いまだに、京でのさまざまなことをはっきりと覚えている。
無論、それ以降のことも。
「叔父上・・・」
不意に呼ばれ、はっとする。
「なんだ?」
「いえ・・・。ゆきましょう。わが一族を出迎えに」
厳周はなにかいいかけてやめ、そううながした。




