前を向き 未来をみよ
「いま、ここで勝負しろ、辰巳。そして、終止符をうて。すべてをおわりに、否、再起するのだ。そして、これからは妖などではなく、人間として生きよ・・・」
「勝手なことを申されるな、叔父上っ」
視線を向け、感情的に怒鳴り散らす。
四十が心配げに馬面をまわそうとしている。
金峰もまた、自身の騎手を案じているのか、悲しげな瞳をしばたたかせている。
「わたしが、わたしが人間として、生きてゆけるとでも?」
辰巳は、四十の頸筋をやさしく叩き、地に降り立つ。
「あなたは、わたしをしらぬ。しっていることはすくない。やはり、わたしは戻ってくるべきではなかった。そうでしょう、叔父上?叔母上もそう思ってらっしゃる」
「馬鹿なことを申すなっ」
厳蕃もまた感情的に怒鳴ると、金峰から飛び降りる。
自身のことは兎も角、妹のことは誤解だ。
「あなた方はわたしを、心の奥底でいつだって違うように思っている。それは尾張で会って以来、ずっとおなじだ」
はっと気がつくと、眼下で甥がみ上げている。
その表情は悲しげで、瞳には暗い焔が揺らめいている。
「叔父上、おろすべきではなかった。あなたの杞憂どおり・・・」
「辰巳、殺れ。わたしの頸を刎ねよ」
厳蕃は、甥の瞳にある闇のごとき焔に魅入られつつ、自身でも意外なことを口走っていた。
無言のまま、瞳を伏せる甥・・・。
「ご自身でわかっておいでか、叔父上?あなたが死ねば、しかも、わたしに頸を跳ね飛ばされたとしれば、叔母上は悲しむどころの騒ぎではありませぬぞ」
相貌をかわいた大地に向けたまま、かぎりなく低い声音でいう。
「だが、おまえの精神の一部は、開放されるであろう、辰巳?」
その一語に、はじかれたように反応する甥。
「馬鹿馬鹿しい。あなたはこのわたしに、身内殺しの汚名まできせようとされるのか?頸を跳ね飛ばしたくば、ご自身でされよ。わたしのいないところで」
さきほどまでとはうってかわり、いまいましそうに怒鳴り散らし、くるりと背を向ける。
たがいに、かようなことをいいたかったのではない、と心中で毒づいてしまう。
「揉め事はいかんぞ」
「さよう。家族は、仲良くせねば」
日の本の言の葉による戒め。
「偉大なる呪術師」たちである。
二人とも、それぞれの鞍上にちんまりおさまっている。
微風が、血と闇の色の羽根飾りを揺らす。
「日の本の民は、糞真面目であるな」
「それは、民族性というものであろうが、アウチマン?」
「人生、そこまで生真面目すぎれば、面白くなかろう」
「だから、それが民族性というものであろうが、アウチマン?」
「うしろを向きにあるいてばかりいて、なにもみえぬであろう」
「それは、こやつらだけであるな、アウチマン?」
老呪術師たちは、同時に笑う。
ケタケタオホオホ、とじつに愉しそうに・・・。
その騎馬の足許に、白き巨狼がお座りし、じっと柳生の漢たちをみつめている。
「うしろをみ、悔み、悲しみ、憐れむ・・・。なにゆえまえをみぬ?」
「自身が、どこへ向いてすすんでいるかもわからぬであろう?いろんな景色もみれぬし、大切なものや人間があらわれても、すれ違ってしまう」
「年寄りの冷や水であったか、こういうことは?なれど、年長者の助言に耳朶を傾けよ。未来にすすめ」
「さようさよう。わしらとちがい、おまえたちにはまだ未来がある」
『これまでの協力に感謝する、武士たちよ』
『はやくつぎなる地に参り、そこで未来をみるがよい、剣士たちよ』
英語にかわる。
はっとみつめるのは、厳蕃と辰巳。
『ほほっ、なかにおるのは会いたがっておるが、つぎなる依代に期待してもらおうぞ』
『さようさよう。何千年と会っておらぬのだ。このさき、数百年のびたところで、さほどかわりはあるまい』
血と闇色の羽根飾りが涼しげに揺れている。
『辰巳、思いあがるな。おまえは赤ん坊だ。ここにおるなかでは、それ以下の存在だ。そして、だれよりも人間くさい。人間くさすぎて、吐き気がするわ』
血の色の羽根飾りの下、皺だらけの鼻梁を皺だらけの指がつまむ。
『護り神に、性根を叩き直してもらうがよかろう』
闇の色の羽根飾りの下、皺だらけの唇が歪む。
『さてさて、パインリッジに戻り、とうもろこしパンでも喰うかのう、アウカマン?』
『いやいや、小麦のパンのほうがうまかろうて、アウチマン?』
なにごともなかったかのように、二人の騎馬は駆けだす。
その鞍上の老いた背を、二人と一頭は無言のうちにみ送る。
『なにをしておる?なかのものは兎も角、いまのは人間としての助言。いかに柳生が頑固な血筋とはいえ、他人の言を蔑にするほど、馬鹿ぞろいではなかろう?それぞれ思うところはあろうが、よく考え、想ってみよ。参るぞ、主らが案じておろう』
白き巨狼もまた、駆けだす。
『ああ、いまのは「天上天下 唯我独尊」。最強にして最高、最美貌の黄龍様からのありがたき御言葉と思え』
思念が、微風にのって流れてくる。
「「天上天下 唯我独尊」?それは、釈迦であろうが・・・」
白いもふもふに叫ぶ厳蕃。
二人の視線が合う。
あいかわらず深くて濃い瞳である。
だが、そこにぞっとするようなものは感じられぬ。
すくなくとも、いまはそれは感じられぬ・・・。
金峰と四十もまた、背に相棒をいただき、駆けだす。
朝陽が、その毛並みを煌めかせる。




