エリオット軍曹との別れ
『はっははは。みよ、死人に生者がまじっておる』
血と闇の色の羽根飾りを躍らせながら、「偉大なる呪術師」たちは徒歩の兵士二人を騎馬で追いまわしている。
エドワード軍曹と、かれの斥候兵である。
『「偉大なる呪術師」よ、おやめを。この騎兵たちは、あなた方ではなくわたしを追っているのです』
丘の上からいっきに駆けおり、辰巳は四十を「偉大なる呪術師」たちの騎馬のまえへたてる。
『古いつきあいです。わたしに譲っていただきたい』
『断る・・・。おおっと・・・』
口を揃えて拒否しようとしたその「偉大なる呪術師」たちの頸筋に、追いついてきた厳蕃の「村正」と、白き巨狼の牙が添えられる。
辰巳は、それを横目に馬首をエドワードへ向け、そこから騎兵たちをみ下ろした。
『こんにちは、エドワード軍曹。あいかわらずのようですね』
辰巳が苦笑まじりで挨拶すると、エドワードは地面にどっかりと胡坐をかく。
もうどうにでもしてくれといった、ふてぶてさしがある。ともに付き添っている斥候もみしった相貌だ。
こちらも、にやにや笑いで立ったまま鞍上の少年をみ上げている。
どちらも、初対面のときよりずいぶんと年齢をとっている。
貫禄というか落ち着きというか、そういったものも感じられる。
『化け物め、貴様もあいかわらずちいさいな』
エドワードは、大笑する。
エドワードの隊は、さまざまな部隊をわたりあるいている。ここ数年、サムライたちと接触することも多々あったが、たがいに意識し、直接の接触は避けている。
『これまで、幾度と銃火をまじえましたが、それももうおわるでしょう。インディアンの敗北とともに』
『ほう?本気をだせば、騎兵隊など、容易に一掃できるんじゃないのか?』
『ええ。ですが、そうはしません。なぜなら、それが運命だからです』
辰巳は、騎兵隊たちから地平線へと視線をうつす。
ながい夜が明けようとしている。はるかかなた、地平線上に光の筋がはしっている。
『おわかれです、エリオット軍曹。縁があったらまた会いましょう』
辰巳が馬首をかえそうとした刹那、一発の銃声が夜明けの大地に響きわたる。
『幸運を、エリオット軍曹』
辰巳は、二本の指の間にはさまった銃弾をそのもち主へ放り投げる。
夜目がきくらしい。エリオットは、それをうまくうけとめるすると、大笑いしはじめた。
『やはり、貴様は化け物だよ、「竜騎士」』
エリオットの笑声は、朝焼けが大地を焦がすまでつづいた。
「意外ですか、叔父上?」
めずらしく辰巳が訊いてくる。
金峰と四十は、30ft(約9m)ほど距離をおき、「偉大なる呪術師」の騎馬たちとはさらに30ftほど距離をおき、四頭の騎馬と一頭の狼がかわいた大地を疾駆している。
「かれはすでに、自身の敗北を認めています。ただ、われわれが気になるだけのこと。かような相手をどうこうしようなどと、さしもの妖も思いませぬ」
厳蕃は、鼻を一つ鳴らしたのみである。ちらりと「偉大なる呪術師」たちをみる。
「偉大なる呪術師」たちもまたこちらをみており、その皺だらけの相貌ににやにや笑いを浮かべているのがわかる。
「「偉大なる呪術師」たちがいらぬことをしてくれたお蔭で、さらなる軍がやってくるのもときの問題。もはやスー族に抵抗する力も精神もなく、白人に恭順の意を示すことになります。そうなれば、かれらはわれわれをさしだすでしょう」
淡々と語る辰巳。それは、どこにでもあるあたりまえのこと。
けっして非難しているわけではない。ましてや後悔や恨んだりということも。
あくまでも、戦時の常識を述べているのだ。




