神と人間(ひと)の選択
『あの子の怒りの最もたる矛先は、おぬしであろう、厳蕃?無論、おぬしだけではない。大人の漢全般だ』
「わかっておる。ゆえに、どうすればいいか悩んでおるのだ。なればいっそ、頸を跳ね飛ばせばいいのか?」
『馬鹿たれめ』
幾度もおなじ文言で罵倒する白き巨狼。
『それですむものか?かようなことをすれば、あの子はあとを追うぞ』
「あの子に、わたしを殺らせればいい。馬鹿たれはなしだ。わたし自身、馬鹿な考えであることは承知しておる」
おおきすぎる溜息が、しれず口唇のそとへともれ、乾いた大地へ飛散する。
『大神の力に気がついておらぬいまのうちに、あの子とむきあえ。話し合いでも果し合いでも、なんでもいい。一人の人間として、漢として、剣士として、家族として・・・。それができぬのなら、あの子を地獄へかえすしかない。わたしと、おぬしら三神がおれば、どうにか封印することはできるであろう』
厳蕃は、四本しかない掌で金峰の鬣を撫でた。
金色の毛並みの金峰も、いまは白いものが目立っている。
「青龍は、それほど強いのか?」
厳蕃の問いに、白き巨狼は鼻を鳴らす。
『蒼き龍の力は、たしかに強大だ。だが、それ以上にあの子の力は強大だ』
「くそっ」
しばしの沈黙の後、厳蕃はただ一言だけ毒づいた。
厳蕃と白き巨狼、そして辰巳が相手をするまでもなく、パインリッジに向かっていた別働隊は壊滅していた。
わずかな逃走兵以外の騎兵の屍が、乾いた大地に転がっている。
朝の陽が、その凄惨な景色を浮き彫りにしている。
三人は、それを小高い丘の上から眺めた。
『おそいおそい、おそすぎるぞ、弟たちよ。あまりにもおそいゆえ、さきにいただいてしもうた』
頭上で闇の色の羽根を躍らせながら「偉大なる呪術師」の片方がいうと、血の色の羽根をおなじように躍らせつつ、いま一人の「偉大なる呪術師」がつづける。
『残すのをわすれてしもうた。すまなんだな。父上も、どうかお許しを』
「偉大なる呪術師」たちは、騎兵から奪ったらしい重装備の騎馬のうえから、丘の上をみ上げている。
辰巳がちいさく舌打ちしたのを、厳蕃はきき逃さぬ。
「自身の獲物を横取りされた腹いせか?」
つい、嫌味を投げてしまう。
白き巨狼が鼻を鳴らす。
そして、辰巳はそれを冷笑でもってうけとめる。
「叔父上、瞳に映り、耳朶にきこえることだけで判断していては、とてもわが主の補佐はつとまりませぬぞ」
辛辣なまでの言の葉に、辰巳の鋭き視線が添えられる。
めずらしく、辰巳は厳蕃と対峙し、真正面からみすえる。
「どういう意味だ?先見の明のないわたしには、わからぬ」
かちんときたとしても、厳蕃は冷静につとめる。
「あの二人がやったことは、自身らの頸をしめただけです。二神は、自身らを淘汰するために殺戮をおこなった。ただそれだけです。これでスー族は、白人に攻め滅ぼされるか、支配されるかの二択に迫られました」
辰巳は、眼下の「偉大なる呪術師」たちに視線をはしらせ、視線を戻す。
「わたしたちも迫られるわけです。この後の運命を・・・」
呟くようにいうと、四十の馬首を元きた方角へと向ける。
「例のことは、戻ったら告げます。そのまえに、知人が玩具にされそうです。助けてやります」
そうしめくくると、四十が駆けだした。
厳蕃は、白き巨狼と視線を絡めた。
なにを考えているのかさっぱりわからぬ・・・。
それが本音である。




