神のバンニン
『忘れたか、お馬鹿?われらは誠の姿でなくとも、人間など、具体的には軍隊など、かるくひねることができる。戦術戦略の類をつかってな。あるいは、一騎駆けでもな』
「ああ・・・。人間型で、ということか・・・?あー、なんだ?かっこいい武将って自画自讃してたやつ?」
土方である。
男前は、年齢をかさねてもそれが色あせることはない。すくなくとも、土方にかぎっては色あせてはいない。
あいかわらずのもてっぷりであるし、あいかわらずのナルシストであるし、あいかわらずの自信過剰っぷりである。
『自画自讃だと?わが主よ、おぬしらにとっては残念であろうが、われらのかっこうよさは、万人の認めるところ・・・』
その思念に不快感を抱いたのは、土方だけではない。
「バンニン?神様の番人って強いのかな?」
市村である。
市村も無論、いい青年だ。
若い方の「三馬鹿」のリーダーとして、率先して、ああ、それは市村のなかでふるいにかけ、やる気のでるものに限定されるのだが、兎に角、とりあえずは活躍している。
いまのように、残念なところもおおいが・・・。
市村は、スー族の盲目の少女チカラのよき「アイズ」として、できるかぎり寄り添っている。
これには、大人たちも感心しきりである。
辛辣な沖田とケイトですら、市村の一途な献身ぶりを、蔭ながら応援しているほどである。
「よくいった、鉄」
土方は、市村のとんだ勘違いを褒めた。
そのすぐちかくで、相馬が眉をひそめている。
が、気持はわかるので、あえて否定はしない。
『お馬鹿童っ!その番人ではないわ』
ぷりぷりする白き巨狼。
「じゃあ、野蛮人の蛮人だ」
「完璧だ、鉄」
土方は、市村にちかづくと拳と拳をうちあわせる。
白き巨狼をのぞき、全員がふきだす。
もはや、お馬鹿というよりかは悪意に満ち満ちている。
「ある意味すごいよ、鉄。すごい語彙力だ。だろう、主計?」
沖田にふられ、相馬の眉間にさらに皺がよる。
「かんじんの万人をしらぬのでは、本末転倒ですよ、総司兄」
そして、つぶやく。
「話がずれてしまっています」
そして、冷静に、生真面目に突っ込む厳周。
まったくかわってはいない。
「ならば、みてみたいよね。百聞は一見にしかず、だ」
藤堂が周囲に提案した。声音がわずかに震えているのは気のせいか・・・。
あいかわらず小柄で童顔だが、剣技は比較できぬほど向上している。剣においては器用である。ほかの流派もなんなく習得し、いまではもともとの「北辰一刀流」より、ほかの流派のほうが抜群に遣いこなしている。剣だけではない。乗馬と射撃も格段にうまくなっている。
「ああ、平助のいうとおり・・・」
「平助兄のいうとおりだわ。ねぇ、師匠?」
土方の言をさえぎり、華々しいまでに叫んだのはケイトである。
信江の腕を掴み、揺さぶる。
信江の美しさに衰えはない。むしろ、落ち着いた美しさがきわだっている。
無論、あらゆる意味での強さも健在、漢どもをつねにびびらせている。
「そうね。わたしは、兄上がどれだけかっこいいか、に興味があるわ」
『ええっ!!』
「ええっ!!」
思念と叫び。
「なにゆえわたしだ?さきほどから、絵に描いた餅のごとき戯言を申しておるのはこやつだ。わたしは関係ない。それに、わたしはうちなるものに頼らぬとも、充分かっこいい。ゆえに、これ以上、かっこよさを求めるつもりはない」
厳蕃の抗弁は、迫りくる一個中隊どころか、世界中の軍隊を壊滅するだけの威力がある。
全員が、静けさに身をゆだねる。
厳周、親父をどうにかしろ・・・。
ややあって、無言の圧が厳周へとかけられる。
「いえ、父上、かような問題ではないかと・・・」
その圧に負け、ついに厳周が突っ込む。
「いやだわ、大師匠。そんなこと、実際にみてみないとわからないわ。どっちがかっこいいかなんてこと、みてもいないのに、きめつけるものじゃない。大師匠だって、いつもいってるじゃない。「やってもいないのに、きめつけるな。試してもいないのにあきらめるな」って」
ケイトの甲高い声音は、漢たちの耳朶にはうるさいくらい響く。
いや、そこでもないだろう?
「それとこれとは話がちがう。そもそも、くそったれの神や人間型などださずとも、われらだけで充分すぎる。子犬ちゃん、いらぬことを申して人間を惑わせるものではない。話はしまいだ。別働隊は、わたしと子犬ちゃんがいってどうにかする。あぁ念の為、甥も連れてゆこう。義弟よ、おぬしさえよければ、だが。参り、人間として追い払ってくる。それでよいな?」
有無をいわさず軍議をおえる厳蕃。
「なんだ、つまんない」
「残念ですわ、兄上」
女性陣は強すぎる。
そして、男性陣は、どこかほっとしたのであった。
が、土方だけは複雑である。
無論、息子のことについて、である。




