鉄槌をくだすのは神か人か
全員に武器がゆきわたり、すべての瞳が土方をみ、すべての耳朶が土方の言をきこうとまっている。
「義弟よ、われらがどちらかを相手しよう。おいおい、なにもわが甥を甘やかすわけではない。これは危急。確実な策を弄すべきであろう?」
脳裏で最善な手段を講じている土方に、厳蕃がちかづき耳朶に囁く。
厳蕃は、自身と白き巨狼、そして、土方の息子とで相手をしようというのだ。
辰巳は性悪でろくでなしの甥ではあるが、こと戦にかけては完璧である。
辰巳に任せれば、まず間違いない。
「義兄上・・・」
『よぼよぼの爺どもも呼びよせ、いっそ、本気をだしてもかまわぬであろう?連中は、人間としてやってはならぬことをしでかした。ここいらで、お尻ペンペンしてやらねばならぬ。連中が信仰する若造がそれをするまえに、さらなる偉大な神がやってやろうではないか』
「なにそれ?壬生狼、なかの神があらわれるわけ?」
玉置である。
すっかり背が高くなり、相貌も二枚目だ。
やさしく気もきく青年として、女性たちからかなりもてている。
「冗談ではない!わたしはやらぬぞ」
それに反応したのは、厳蕃である。
玉置、ではなく白き巨狼をみ下ろし、噛みつかんばかりに叫ぶ。
これはもう、なん年もまえから議論されつづけていることだ。
すなわち、人間の力によるものではなく、うちなるものの力でいっきに決着をつけてしまえ、ということを。
『淘汰というがの、結局、亜米利加の古くからの民は、ほぼ淘汰されつつある。みよ、現実を。あの虐殺を・・・。うちなるものが手を下さずとも、人間はみずからでおこなっておる。誠に愚かなことだ』
白き巨狼は、頭部を右に左に振り、おおきく息を吐きだす。
黙りこむ人間・・・。
正論である。
『やつらにださせればよい。おぬしがいやなのであったらな。朱雀と玄武に、させればよかろう。すべてのものを吹き飛ばし、すべてのものを奈落の底へとおとす。たったそれだけだ』
たったそれだけ・・・。
厳蕃は、思いおこす。
昔、競い馬をしたときに、「偉大なる呪術師」たちから受けた攻撃を。
たしかに、あの竜巻に地割れであれば、いっきに決着はつくであろう。
「それで、トシシゲ師匠と坊は、どんなことができるの?」
ケイトである。
背が高く、スタイルも抜群。なにより美しい。さらには強すぎる。
ここにいる漢以外は、魅了しすぎるくらいに魅了するであろう。
が、ここにいる漢たちは、怖がっている。
信江同様、叱られまくりなのだから・・・。
「父と従弟じゃない」
厳周がすかさず突っ込む。
「わかってるわよ。言の葉の尻をとらえないで」
ケイトがやり返す。
厳周は、貫禄十分。
古の剣豪のごとき落着きと、それ以上の腕前をもち、叔父である土方をよくたすけている。
その二人の様子を、周囲は苦笑とともにみ護っている。
『ふむ・・・』
白き巨狼は、右に左にいったりきたりしする。
そして、その歩をとめた。
視線が、厳蕃を、それから少年へと向けられる。
『まぁなんだな、たいしたことではない。白虎は、この世のすべてを焼き尽くすだけであるし、青龍はこの世のすべてを洗い流すだけだ』
しばしの沈黙。
「それって、どちらの力でも、なんにもなくなっちゃうってことだよね?」
田村のひかえめな確認である。
田村もまた、いい青年になっている。あいかわらず伊庭を尊敬し、いつもその尻を追いかけている。
もともと器用である。なんでもそつなくこなし、頭の回転もはやいので、相馬のよき補佐役でもある。
「ふざけたことを・・・。地獄の劫火に、生命の源たる水・・・。それを、だけ、などと申すな」
厳蕃は、ふんっと鼻を鳴らす。
「でも、そうされてもおかしくないことを、人間はしでかしてる」
沖田のつぶやきに、周囲には頷く者もいる。
沖田は、労咳であったことなどまったく思わせぬほど、体躯も精神力も強くなった。
剣の腕前も同様で、いまでは永倉、斎藤とまったく遜色ない。
「だからと申して、人間をすべて淘汰する、と?そのなかには、人間によって虐殺された側も入るのだぞ」
厳蕃は、やり場のない怒りをおさえるかのように、両の拳を振りおろす。
無論、その人間のなかには、ここにいる全員も含まれる。
「兎に角、人間には人間だっ」
頑固さは人間NO.1であろう。
とりつくしまもない、とはこのことだ。




