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「ウーン・デッドニーの虐殺」

 ブラック・エルクは、死んだクレイジーホースの従弟である。よくみれば、どことなく面影があるだろうか。

 死んだ「偉大なる戦士グレート・ウオリアー」の従弟もまた、従兄同様立派で勇敢な戦士である。


 レッド・クロウもまた、スー族の戦士のなかでも尊敬をあつめる戦士だ。勇猛果敢なだけではない。知的で判断力もある。


『白人どもは、われわれを怖れている。蔑みなからも怖れておるのだ。ゆえに、シッティング・ブルを暗殺し、病に伏していたビッグフット酋長を殺した』

 簡易ティーピーのなかで、そうしずかにいったのはレッド・クロウだ。


『あんたらが駆けつけてくれなきゃ、だれも生きていなかった』

 ブラック・エルクは呟くようにいいながら、葡萄酒ワインを壜ごとさしだす。


 土方は、それを相貌かおを左右に振って断る。


すまないアイ・アポロジャイズ。おれたちがもっとはやく駆けつけることができれば・・・』

『いや、あんたらが気がつき、きてくれただけでありがたい』


 土方らは、スー族のみならずほかの部族の戦いにも参加している。


 イスカとワパシャとともに、あるときは騎兵隊から助けだし、あるときは移動を護衛しと、それこそ体躯を休めるいとまもない。


 この時期ころ、ほとんどの部族が強制的に居留地へ移動していたが、なかにはまだスー族とおなじように拒みつづけている部族も存在する。そういった小競り合いに駆りだされることもある。


 斥候をつとめる土方自身の息子と厳蕃が、第七騎兵隊の動きをいちはやく察知し、一行は西部からとってかえしたのだ。


 騎馬たちも昔のようには駆けることができぬほど老いてしまっている。

 本来なら、牧場で、ときには馬車をひっぱったりものをひっぱったり程度でゆっくりさせてやりたいところだ。


 だが、いまの状況では、役に立たなくなればそく食肉となる。


 それだけはしたくない。


 思い入れのある騎馬のうち、十頭前後は天体好きの老農夫フレデリックの農場にひきとってもらった。


 息子の帰還と、マリア像の足許においておいた例の金で、農場を再建したフレデリックは、快くひきうけてくれた。



 騎馬たちにがんばってもらって駆けつけたときには、ほぼ手遅れであった。


 後に「ウーンデッド・ニーの虐殺」と呼ばれる攻撃は、三百名近い死者をだした。老若男女関係なく、一方的に蹂躙された。


 土方らの介入により、インディアンたちと白人の戦いは急速な展開をみせた。この大事件は、本来ならもっと後におこるはずだった。


 歴史がはやまってしまっていることなど、無論、当事者たちにわかるはずもない・・・。


『さきにいってくれ。おれたちはしばし残って敵を牽制する。うちの銃遣いガンマンたちを護衛につける。かれらなら、万が一にも白人と交渉が必要になれば役立ってくれる』


 フランクとスタンリーである。


 いまや家族も同然の二人である。土方の期待以上の働きをしてくれるはずだ。


『すまない、トシ。さっそく出発しよう』

 スー族の戦士たちは、つかれきった相貌かおに感謝の笑みを浮かべる。


 ブラック・エルクとレッド・クロウは、助かったわずかな生き残りを連れ、出発した。


 その悲哀に満ちた背をみ送ってから、土方はつぎなる問題をかたづける為、控えている仲間たちのもとへと富士をよせる。


 富士もまた、ほかの馬たちとおなじように年齢としをとってしまっている。


 ずいぶんと辛い思いをさせている。


 土方は、不憫でならない。だが、いまさらほかの馬にかえるつもりもない。それは富士もおなじである。

 いまさら、この騎手からはなれるつもりはないようだ。


「われわれは殿をつとめる。ときを稼ぐ。無茶をする必要はねぇ。ただ、敵を追わせなきゃいいだけだ」

 土方のめいに、ほとんどの者がだまって頷く。


「いい加減にしろっ」

 視線があうなり、土方は自身の息子を叱咤する。


「なにさまのつもりだ?餓鬼のでるまくじゃねぇ。おまえよりも、ここにいる兄貴分たち全員が経験スキル精神力スピリッツもはるかに上だ」

 感情的に怒鳴り散らす土方を、仲間たちははらはらしながらみ護っている。


 最近、とみに増えていた。親子の諍いが、である。

 きまって、子が戦場にでたがり、それを父親がとどめるという内容である。


 だが、実情はたつみが敵軍の将校、参謀らを暗殺してまわっているのである。

 これには、厳蕃も白き巨狼もいい表情かおをせぬ。


 幼子は少年へと成長した。十歳とおになった。

 約束の年齢としになったのである。


 いつもいつの間にかいなくなり、そして戻ってきている。幾度か追いかけたが、まかれてしまうのである。


 白き巨狼の鼻をもってしても追うことかなわぬ。なぜなら、少年たつみ狩人ハンターでもあるからだ。


 あらゆる獲物を狩るハントする、狩人ハンター・・・。


 頭ごなしに怒鳴り散らされ、ぷっーっと頬を膨らませていた少年と、白き巨狼がはっと背後をうかがったのが同時である。


『くるぞ、わが主よ・・・』

 白き巨狼をさえぎり、少年は小さな両の肩をすくめた。


「父上がなんとおっしゃっても、敵はまってはくれませぬ。一個中隊、5マイル(約8km)をこちらへむかっています」


 少年の感覚イモーションは完璧だ。それは、野生の狼以上のものを備えている。


「副長、まちぶせするか?」

 永倉が確認する。そして、それ以外の者はすでにライフルの準備をはじめている。


 土方は、自身の息子が違う方向へと視線を転じていることに気がついた。


「われらがさきほど追い払った連中が、迂回してパインリッジへ向かっているようです」


 血と死の臭気がのまじった風を全身に受けながら報告する息子に、土方は驚きを禁じえぬ。


 千里眼か、こいつは・・・?


 まさしく死んだ坊そのものだ。

 それは、容姿も同様である。


 くそっ・・・。

 いまは、戦いに集中しろ・・・。


 自身にいいきかせる。

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