神送り(イヨマンテ)
「「偉大なる大空の勇者」、まさかわたしが、おまえを送るすることになろうとは」
辰巳は、崖の上にいた。
イヨマンテとは、アイヌの儀礼のことである。
殺した動物の魂であるカムイを、神々の世界に送りかえす祭りだ。
『つぎにおろされるとすれば、なにがいい?人間か?』
思念である。
朱雀は、それに弱弱しく「きいっ」と鳴いた。
ほかの人間とは、わかれをすましている。
翼ある新撰組の隊士とのわかれ。
それがたとえ寿命であろうと、辛く悲しいことにかわりはない。だれもが泣いた。とくに玉置などは、白き巨狼や厳蕃にすがりつき、「どうにかしてくれ」と懇願した。
だが、それを土方がとどめた。
「動物と人間も、天命ってもんがある。寿命がくれば、かえりゃなならねぇ。京にいた時分から、朱雀にはずいぶんとがんばってもらった。ここにいるだれよりも活躍してくれた。もう、ゆっくりさせてやらにゃ。桜と、それから、あいつがまってる」
そう諭す土方の声音は、ふるえている。
「朱雀いるところ坊あり。おれたちは、朱雀にもあいつを重ねてた」
「くそっ、人間ほど生きられればよかったのに」
永倉と原田の声音もまた、ふるえを帯びている。
土方は、朱雀を胸元に抱え、抱きしめた。なにもいわず、ただ抱きしめた。
言の葉など必要ない。
土方は、心から感謝し、これからの旅立ちを祝した。
朱雀はそれを、土方の胸のなかで十分に解した。
『ほう、また鷹だと?まぁ、面倒くさくなくてよいわな』
「父さん、父さんとは違います。そうだね、朱雀。また組もう。なにも人間どうしでなくともいいのだから」
辰巳は、涙を隠すかのように上空をみ上げた。
|白い頭の鷲さんが、頭上をゆっくり旋回している。
動物の死をみ送ることができるのは、動物を統べる神のみ。
白き狼、そして白頭鷲、それらをも統べる大神・・・。
『なにゆえ、朱雀と名づけた?』
「なに父さん?それはいま、きくべきことなの?」
辰巳は白頭鷲をみつめたままききかえした。
なにゆえ朱雀と名づけたか?
会津候から譲りうけた際、頭に浮かんだ名だ。それ以上でも以下でもない。
自身、清の国で数年すごし、彼の国の歴史、宗教、文化を学んだ。みききした。
当然、四神に触れることもあった。
潜在意識がそうさせたのか?
もっとも、日の本にも四神の伝承は伝わっている。
とくに朱雀の名は、つかわれることがおおい。門の名にもあるくらいだ。
「名は体をあらわす。そのとおりだと思わない、父さん?わたしはきっと、・・・そうだね」
辰巳は、大空から視線を腕上の大鷹へと戻す。
「わたしのいいたいことは、ただ一言、ありがとう、わが友よ。これだけだ。わたしたちに、さよならは不要の言の葉。なぜなら、また会えるから。ここにいる獣神が、Jr.の子としておろしてくれる」
その決めつけに、当の獣神は、ふんっと鼻を鳴らす。
『わが子よ、なればおまえも嘴でつんつんと突っつかれてみよ。啄木鳥ではあるまいし、きれいな毛並みがだいなしだ』
白き巨狼の思念が、不意に途切れた。
『さぁ、そろそろ送ってやろう。わが子よ、わたしのかわりに抱きしめてやってくれ』
辰巳は無言で頷くと、腕上の朱雀を抱きしめた。
送るは、けっして悲しいことではない。むしろ、神のもとにゆくという神聖で栄誉なこと。
白き巨狼の鎮魂と送別の遠吠えが、崖を震わせる。
辰巳は、崖上から谷底を眺めた。岩と土しかない、殺風景な谷。何百年もまえには、川があったそうだが、いまではひび割れ、乾燥しきっている。
崖下から上がってきた突風にあわせ、辰巳は腕上の朱雀をはなした。
背を向けあゆみだす。その足許に、白き巨狼がよりそう。
人獣が振り返ることはない・・・。




