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ジムとの別れ

欧州ヨーロッパにはフットボールといってな、野球ベースボールよりもおおきいボールを蹴る運動スポーツがあるんだ』

 この夜、みずいらずで葡萄酒ワインを呑みながらスタンリーがいう。


 この夜は特別である。ジムの前途を祝し、西海岸で武器を購入した際に仕入れた葡萄酒ものをあけた。


『それってどんな運動スポーツ?』

 田村の問いに、スタンリーはにんまり笑う。

蹴るキックするんだ。野球ベースボールでいう捕手キャッチャーのような、ゴールキーパーっていうんだが、二名がそれぞれの陣地でおおきなかごのようなもののまえに立っている。掌をつかえるのはその二名のみ。残りの選手たちは、掌をつかってはいけない。反則になる。ひたすら蹴り、それを繋いで敵の陣地に入り、そのかごのなかにボールを蹴りいれる。点数が入るわけだ。もちろん、攻め込まれたほうは応戦する。つまり、ボールを脚で邪魔したり奪ったりする。それから、敵の陣地に攻め入るってわけだ』


『蹴鞠だな』

『ああ、お公家さんがやってるお上品な遊びだ』

 永倉と原田だ。


『で、敵を蹴り殺してもいいわけ?』

『ええっ?だめにきまってるじゃないか、ソウジ』

 あいかわらず、物騒このうえない沖田に、フランクが即座に否定する。


『なんだつまらない。蹴り技の応酬でボールを奪うほうがおもしろいよ、きっと』

『やめねぇかっ、馬鹿総司!野球ベースボールとおなじく、健全な運動スポーツだ。格闘技マーシャルアーツじゃねぇ』

 土方は、あきれかえっている。


 そして、みな、そのフットボールとやらに興味津津である。


 かようなおとこたちを、「やっぱり馬鹿よね」、といった表情かおでみている女性陣。


 フットボール、すなわちサッカーである。フットボールもこの時期ころより、欧州ヨーロッパでリーグなどができ、盛んになってゆく。


 この後、サッカーも野球ベースボールに負けず劣らず世界で愛される運動スポーツになることを、ここにいるだれもが予想だにできぬのはいたしかたのないこと。


『ポロという競技もある』

 フランクである。


『ポロ?ポロポロ?』

『面白くないわ、テツ兄さんブラザー・テツ

 市村のなにげない呟きに、ケイトがすかさずだめだしをする。


『なにいってるんだ?いまのは冗談ジョークじゃないっ』

 無論、市村は反論する。その後頭部を掌ではる原田。


『ポロは、歴史ある競技だ。四、五名ずつが騎馬に乗り、馬上からマレットという棒のようなものでボールを打つ。フットボールとおなじく、そのボールを相手のチームのゴールにたたきこめば、点が入る。もともとは、軍事訓練が発祥といわれている』

『わお、それは面白そうだ。おれたちでもできないかな、それ。乗馬の練習にもなる』

 これは、沖田の琴線にふれたようだ。

『邪魔する馬上の選手プレイヤーは、マレットでぶったたくか突き落とせばいい』

 つづけられた言に、フランクは口に含んだ葡萄酒ワインを盛大にふきだしてしまう。


『ソ、ソウジ、ポロは運動スポーツだ。騎士ナイトの果たし合いではない・・・』

『のった、そりゃ面白そうだ。鉄球をつかってよ、相手の顔面にぶつけるってのもありだぜ』

 永倉である。フランクをさえぎり、そんなことをいいだした。


 どんな運動スポーツも、この武士さむらいたちにかかれば殺人試合マーダー・ゲームと化してしまう。



 スポーツとしてのポロは、残念ながら日の本ではメジャーではない。乗馬人口がすくなく、競技できる広い場所もすくないからだ。

 が、その際に着る服からポロシャツが生まれた。日の本がポロに触れるのはそのポロシャツで、いくつもの有名ブランドを好んで着用している。


 無論、それもまたずっと将来さきのことだ。


 ポロはやってみよう、と意見が一致した。

 決闘ポロに派生しそうな勢いであることは、いうまでもない。



『ジム、これはわかれではない。すくなくとも、おれたちはわかれだとは思っちゃいねぇ。まっ、家族が遠方に働きにいくってのか?旅立ちって感じか?おれたちもこのさき、どうなるかわからねぇんで約束はできんが、かえってくるとこ、居場所はちゃんとあるってことを、忘れんでくれ。馬鹿ストューピットな家族ばっかだがよ』

 無論、しめは土方だ。


 夜も更け、そろそろお開きというころになり、土方がジムの前途を祝した。


『みなさん、ありがとうございます。この一語に尽きます。わたしは、あなたがたに出会えてよかった。拾っていただいて、ほんとうによかった』

 もともと人まえで話すことが得意でないジムだ。言葉すくなめではあるが、その気持ちは全員の心にしっかり伝わっている。


神の祝福をゴッド・ブレス・ユー。これは失礼いたしました。神様はつねにいらっしゃいましたね』

 ジムはにっこり笑った。白い歯が、焚火の炎よりまぶしい。


『ジム、これはみなで協力してつくったものだ』

 土方の合図で、厳蕃と信江がバットとキャッチャーミットをさしだす。


 バットは、沖田や藤堂、伊庭らがミネソタ州まで遠出し、メープルの木を伐り、それを野村がバットの形にした。


 ミットは、永倉や原田、斎藤らがバッファローを狩り、その皮を厳蕃、厳周がなめし、島田と相馬で縫製した。


 全員がなんらかの作業に携わっての贈り物である。


『わたしたちをかっこうよくクールに彫ってくれた礼に、これらにわたしと馬鹿息子どもの念をこめておる。申しておくが、キリストなどよりよほど価値のある念だぞ』

 白き狼の思念である。


 そこにすかさず、市村がにやにや笑いながら茶々を入れる。


五神いつつがみ。数がおおいよね』


『なんだと、お馬鹿わっぱ!数ではない。神格も含め、われらのほうがよほど上だ』

 市村の呟きに、いちいちめくじらを立てる偉大なる神様。


『ええ、ええ、わかっています。わたしは神に護られ、みなさんの精神こころを感じ、自信をもって生きてゆきます』

 ジムは、贈り物をうけとると、それを胸にひしと抱きしめた。


 全員がいついつまでも別れを惜しんだ。

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