厳周 敗れたり!
一球目。下手投げである。
相馬もよもや、という速球。
厳周は、それをみ送る。
二球目。
さらなる下手投げか?
信江のしなやかな型で、だれもがそう判断する。
無論、厳周も。打つ気満々で、すでにバットを振りはじめている。
が、これもまた途中で型がかわった。
横手投げへ。しかも、信江のぶあつい掌からはなれた球には、奇妙な変化がついている。
変化球である。
厳周は、機を逸した。思いっきり振ったバットは、球をかすりもしない。
ナックルボール・・・。
ぶあつい掌であるからこそ、できる球種か?
三球目。
上手投げである。
なんと、右方向に曲がりながら落ちてゆき、この意表をついた投法に、厳周は掌がでない。
シンカーである。
ナックルボールもシンカーも、かのじょだからこそ、否、というよりかは、たまたまできた産物だ。
この時代、それらはまだ投げられていない。
厳周、惨敗。
信江に脅されるまでもない、というわけだ。
結局、厳周のあとにつづいた伊庭も翻弄されて三球三振。
投手という大役を、信江は見事やりおえた。
『信江に負けないわよ』
その裏、ピッチャーマウンドに立ったのはケイトである。
信江に負けじと、やる気満々での登板である。
打席に立ったのは、双璧の一人土方。
だが、かなり戦々恐々としているのが、だれの瞳にもあきらかだ。
なにをやってもケイトに負けてばかり。さらには、追い越されてばかり。
すっかり臆病になってしまっている。
土方は、未来の義理の姪をみる。
義理の姪の気迫はすさまじい。
しれず、口唇の間より溜息がこぼれ落ちてゆく。
『トシゾウ、大丈夫ですか?』
土方は、ジムにキャッチャーマスク越しに尋ねられ、気弱な笑みを浮かべる。
『ジムよ、おめぇといいあの娘といい、どんだけ才能豊かで、それをうまくいかしちまうんだ?どんだけ前向きで、行動力があるんだ、ええ?』
土方は、にっこりと笑っている。
ジムを、遠まわしに褒めているのである。
ジムは無言である。
そんなこと、考えたこともない。
自身はただ、自身が好きなものにうちこんでいるだけである。
『おれは、どんどん抜かされちまう。おめぇやケイト、にな。だが、それでいいんだろうよ。おれにはおれの領分ってもんがある。おれはこれからもみなに抜かされ、やりこめられ、からかわれながら、おれのできることでこいつら全員の矜持を護るんだろうよ』
ジムは、土方が生命ではなく、あえて矜持とつかったことの意味に気がついた。
『ええ。それこそがあなたです、「オニノフクチョウ」』
ジムは、「鬼の副長」を日本語でいう。
土方は、にんまりと笑った。そして、バットを構えなおす。
へっぴり腰ではあるが・・・。
「鬼の副長」がケイトにやさしいからか、はたまた昔とった杵柄で、無意識のうちに女子に気に入られようとやさしくしているのかはわからぬが、兎に角、副長はおよびでない。つまり、振れども振れども球にあたるどころか、かすりもせぬ。
結局、三球三振にたおれた。
おつぎは山崎である。
山崎は、生真面目な表情で二度、三度とバットを振ってから、打席に向かう。
その際、山崎の視線があらぬ方向へとはしる。
観客たちの最前列に、ウイカサとチカラが立っている。
ウイカサの笑顔は、この晴れ渡った空にお似合いだ。
チカラの不具ゆえに、これまで部族のうちで孤立していた姉妹であるが、最近はあかるく元気にすごしている。
土方らが姉妹を気にかけ、いたわっているものだから、部族の人々も次第に姉妹をうけいれるようになっている。
山崎の熱い視線を、だれもが気がついた。




