ちいさな巨人
厳周は従弟を、否、従兄をみつめつつ、複雑な思いを抱いていた。
できぬことなどないのではないのか?
しかも、完璧にできぬことなど・・・。
野球も鍛錬にとりいれているのだ。
まったくもう、馬鹿としか表現のしようもない・・・。
同時に、自身の父親のことも思ってしまう。
自身の父親と辰巳・・・。
この二人は、永遠の好敵手としてありつづけられるのか・・・。
『ごめんなさい、ごめんなさい。球を破いてしまいました。左之兄に叱られたばかりなのに・・・』
マウンド上では、幼子が泣きべそをかいている。
『タイム』
島田は、二人の審判の返事もきかず、幼子に駆けよる。
「気にするな。だが、たしかに球がこんなになってはもうつかいものになりそうにない」
島田は、両膝を折ると幼子に視線をあわせた。
「繕ってどうの、という範疇ではない。力を制御するのも、あるいは加減するのも必要だぞ、坊」
島田の温和な瞳に、幼子がくっきり映っている。
幼子は、苦笑しつつ小さな両の肩をすくめた。
やはり、魁兄さんにはかなわないな、と苦笑せずにはおれぬ。
「あたらしい球だ」
『さすがはわが子であろう?なにをやらせても完璧だ』
厳蕃と白き巨狼がちかづいてきた。厳蕃の右の掌に、球が握られている。
「ほめるでない、子犬ちゃん。性悪の甥がますます慢心するではないか?」
厳蕃は、自身の足許でステップを踏んでいる白き巨狼を睨みつけつつ文句をいう。
「馬鹿力で投げるのではない」
さらには、自身の甥へも文句をいう。
『気にするでないぞ。子猫ちゃんは、やっかんでいるだけだ』
「な、なんだと?だれがやっかんでいる、ええ?」
「まぁまぁ師匠、どうか落ち着いて」
親子喧嘩に発展しそうになるところに、島田がわってはいる。
厳蕃の掌から球をうけとり、それを幼子の小さくて分厚い掌に握らせてやる。
「伯父上の申されることは正しい。無駄に力をみせるな。さぁお二方も、せっかくのジムとの勝負です。仲良く応援なさってください」
島田に促され、わいわいと悪口をいいあいつつ戻ってゆく二人。
「よし、作戦だ。つぎは・・・」
島田は、ミットで自身の口許を隠してから、幼子に投げる球を口頭で要求した。
生真面目な表情で頷く幼子。
戻ってゆく島田の背をみつめつつ、ふたたび苦笑する幼子。
それから、気をとりなおす。
『驚きましたね。人間の投げることのできる範疇をこえている。もしかして、いまのが竜の力なのですか?』
マスクをかぶりながら両膝を折り、構えたところでジムが訊ねてきた。
『竜?ああ、そっちの力ではないな、おそらく』
苦笑しつつ応じる島田の背を、二人の審判が皺だらけの掌でぱんぱん叩きだす。
『あれは竜のほうではないぞ』
闇の色の羽根飾りがぴょこんと跳ねる。
『さようさよう、弟のほうではないぞ』
血の色の羽根飾りがさらさらと揺れる。
『だまれっ!審判は、判定以外は囀るな』
言の葉と思念である。
厳蕃と白き巨狼が、まったくおなじ内容を発したのである。
(竜のほうではない?弟のほうではない?)
島田は、心中で呟く。
なにかひっかかっる・・・。




