ジムの大本塁打
二番の市村は、慣れぬ下手投げにひっかかってしまい、凡打にたおれた。
つづく三番は原田である。
原田は、こうみえても器用である。
一球目から横手投げであったが、それを器用にあてる。それが三塁がわへのファールボールとなりかけたのを、一陣の風が吹きフェアとなる。
その間に、一塁に滑り込む原田。
誠に幸運な安打といえよう。
そして、むかえるは四番のジム。
ずっとつかっているバットを、二度三度と振りまわする。
「ビュオッ、ビュオッ」
真剣が空気を斬り裂くがごとく、鋭い音がする。
『タイム』
その様子をみていた島田は、背後に立つ審判に申しでる。
『いやじゃ。はようせい』
審判二人はそれぞれの皺首の上で血の色と闇の色の羽根飾りを踊らせつつ、同時に拒否する。
『ことわるでない。当然の権利だっ!!』
呆れ返った思念は、無論、白き巨狼だ。
控え選手たちの間を、いったりきたりしている。
『なんと、試合中によからぬ相談か?』
『いやいや、息抜きのお喋りではいのか?まるで女だな?』
いまのはまずい。
全世界の女性を敵にまわしたようなものであろう。
スー族の女性たちの無表情・・・。
笑顔がこわばる信江・・・。
「なんなのあのじー様?」と、神をも畏れぬケイト・・・。
あらゆる意味で、畏れ慄く漢たち・・・。
「主計、いかがいたす?」
島田は、苦笑しながらマウンド上の相馬に駆け寄る。
ミットで口許を隠し、打診する。
とはいえ、同郷の選手たちにたいして、それは意味をなさぬが。
「打たせましょう、といいたいところですが。打たせれば、もっていかれるでしょうね」
相馬もまた手袋で口許を隠し、視線を遠い空へと向ける。
そこには、朱雀と桜が円を描きつつ舞っている。
すなわち、バットにあたれば、確実に本塁打になるといいたいのである。
「主計、かまわねぇ。勝負しろ。逃げるのはご法度だ。昔から、新撰組はそうであろう、ええ?結果はいとわねぇ。勝負することに意義がある。たとえ殺られても、うちの打者が仇を討ってくれる。ゆえに、主計、やってやれ。新撰組の局長の一人の腕前をみせてやれ」
三塁を護る土方からの、ありがたい助言である。
殺るとか仇討ちとか、土方らしいといえばそうであろうが、野球も生死をかけた運動となりはてている。
「よし、主計。副長命令だ。迷うな、やってやれ」
「承知」
島田は相馬の肩を大きな掌で叩くと、戻る。
島田は、マスクをかぶりなおすと上目遣いにジムの相貌をみる。
打つ気満々である。
かならずや打つであろう。
ジムは、ただの強打者ではない。
バットを、ぶんぶんと振りまわすだけでは・・・。
たとえば、永倉のごとく・・・。
慎重に投手をよみにゆく。様子をみ、感じ、推測して振る。
おそらく、自身らとの付き合いのなかで、自然と身についてしまったのであろう。
いや、なにも永倉がよまぬというわけではない。駆け引きが面倒なのである。
剣術においては、それをせずとも身についてしまっている。類まれな野生の気質で、動けるのである。そして、野球についても、ある程度は動くことができる。
島田は、腹をくくった。そして、決断する。
一球目。相馬は、横手投げである。
この投球が一番慣れておらぬであろう、とふんだのである。
これまでの勝負から、一球目は様子をみてくる、と踏む。
「かんっ!」
バットの芯が、球をとらえた小気味よい音が響く。
「くそっ!」
島田は、マスクを外しながら立ち上がる。
自身の迂闊さを呪いながら・・・。
球は、みる間に青い空へと消えてしまう。
初打席、大本塁打。
ジムは、大歓声とともに塁をまわる。




