男親と子どもたち
厳蕃は若い方の「三馬鹿」にたいしても、ずいぶんと甘くやさしい。
それは、子どもたちだからというわけではない。誠の子か、あるいは甥っ子のように接している。
実子である厳周や甥である辰巳や勇景にたいしてよりも、父親や叔父を感じることすらある。
情が深いのか、あるいはほかに理由があるのか・・・。
「義兄上、ケイトはずっと監禁状態で、いまもここしかしりません。しかも特殊な環境です。今後の為にも、一度はみさせておくのもいいかもしれませぬ。そして、万が一にも正常な世界が気に入ったら・・・」
土方は、義理の兄の肩に掌を置く。
誠に華奢な肩だ、とあらためて感じる。
「だめだだめだ、あの娘はなんだかんだと申しても、世間をしらぬ。あの娘は、農場での地獄か、ここのことしかしらぬしみておらぬ。気が強かろうが武術に長けていようが、しょせんは女子だ。漢のまえでは非力にちかい」
厳蕃は、土方の瞳をみすえかたくなにいいはる。しかも、最後のほうはかぎりなく声量を落として。
「なればこそです、義兄上」
土方の驚きはとまらない。
厳蕃自身の妹、つまり、信江にたいしてもこんな具合だったのだろうか・・・。
信江の世界はさらに狭い。否、世界という表現すら成り立たぬ。
「厳周や信江も含めてわれわれになにかあったとき、かのじょ一人でどう生きてゆくのです?その為にも、いまのうちにここ以外の世界があることを、ここに縛られる必要のないことを、しらしめるべきではないでしょうか?」
土方は、厳蕃の瞳を覗き込みつつ、いいようのえぬ違和感に襲われた。
いままでにない違和感・・・。
「精神の傷は癒えると思うか、義弟よ」
穏やかに問われ、土方ははっとした。
「精神の傷・・・?」
無意識のうちに、口中で繰り返してしまう。
「時間が経てば薄れもしよう。が、完全に癒され、忘れ去れると思うか?」
「それは・・・」
土方は絶句した。自身になぞらえてしまう。
「あの娘は強い。信江は同性ゆえべつにしても、本来ならば息子以外の漢に恐怖心を抱いてもおかしくなかった。だが、かのじょはだれにたいしても表面上はふつうだ」
「表面上?じつは違うと?」
山崎は、厳蕃のいいたいことがわかったらしい。
「だが義弟よ、おぬしの申すことももっともだ。いつなんどきどうなるかわからぬ身の上、そのときに備えることもたしかに必要だ。そのときに突如放りだされるよりかは、そのときの為にじょじょに馴らしておくべきだな」
「義兄上、ケイトのことをおっしゃっていますよね?」
土方は、華奢な肩を掴む掌に力をこめた。
「なんだと?どういう意味だ?」
厳蕃の瞳の奥に、なにかしらの光をみた気がする。
土方は、相貌を左右に振り、自身のみたものを追い払おうとする。
「いえ、申し訳ありません」
呟くように謝罪すると、掌を肩からはなす。それから、山崎へ向き直る。
「いつ出発する?」
「そうですね、試合がおわった翌日には。ジムもそのほうがいいでしょう」
「承知した。準備をすすめてくれ。追加で同道させる者もおるやもしれぬ」
「承知」
山崎は、二人に一礼すると去っていった。
「追加で同道させる者?」
背後の呟きに、土方は振り返って両の肩をすくめてみせた。
「わかりません。なにゆえかそう申していました。あるいは、同道をやめさせる者がおるやもしれませぬ」
厳蕃は、その土方の言になにも答えなかった。




