ドラフトとトレードと最高のバッテリー
さすがはスー族の戦士たちだ。一度みていることもあり、教えてもらってしばし練習をすると、そこそこ投げ、打てるようになった。
数日間の練習で、試合ができるまでになった。
同時に、「偉大なる呪術師」たちは、審判をくだす、否、審判をする為に規則を相馬から学んだ。
神様に教えを乞うのではなく、自身が教えることになるとは・・・。
相馬は、不遜ではないのかと戦々恐々とした。
これはあくまでもジムの旅立ちを祝う為の試合。スー族の戦士たちとの競い合いではない。ゆえに、混合チームで対戦することとなった。無論、此度はイスカとワパシャも参加する。
そして、此度は日の本の選手も、かえることとなった。
いわゆる、ドラフトとトレードである。
その話し合いは、夜を徹しておこなわれた。しかも、激論が白熱しすぎ、取っ組み合いの喧嘩にまで発展する場面も。
それを真剣に見学する者がいる。そして、声をかけられるのをまっている者がいる。
そしてついに、呪術師であるイスカが精霊の声をきき、幻視をみた。
一方で、土方や厳蕃が紙縒りで籤引きをした。
「師匠、漢ってほんっとに愚かよね?」
「ええ、馬鹿すぎるわ」
呆れを通り越し、無心で眺める信江とケイト師弟。
そう、かのじょらはしらない。この何十年も先、ドラフトやらトレードで、選手や球団、関係者、おおくのファンが一喜一憂しまくるということを・・・。
『トシチカ、そろそろおしまいにしよう。肩を壊してしまうぞ』
もうどのくらい受けただろうか。キャッチャーミットを着用しているとはいえ、これだけ受ければ掌がひりひりと痛くなるのも当然のことだ。
『すまない、ジム。いましばらく付き合ってはもらえないだろうか』
厳周は、ジムの忠告をきくつもりはないらしい。
『ジム、わたしがかわろう。掌を冷やすといい』
みるにみかね、島田が近づいてきた。
もうかれこれ一時(約二時間)以上、厳周は球を投げつづけている。そして、夫婦であるジムが、それを受けつづけている、というわけだ。
その様子を、仲間たちは自身の練習をしながらときおり眺めていた。そして、いまではその練習もおわり、ある者は体躯を休めに、ある者は割り当てられた仕事をしに、と散っていってしまった。
だが、厳周はちがう。ずっとこうして投げ込んでいる。その様子は、まさしく鬼気迫るものがあった。
『だめですよ、魁兄さん。わたしの相棒はジムなんです』
『おいおい厳周、ジムの掌、腫れあがってるに違いない。ジムは、亜米利加のリーグで大活躍することになる。すなわち、野球選手として、生きてゆくんだ。それを潰す気か?ああ、わかっている。此度の勝負で勝ちを贈りたいのであろう?だが、おぬしはかれに勝利を贈りたいのではなく、自身が親父さんに負けたくないという気持ちが勝ってしまっている』
島田は、ジムに立ち上がるよう合図をしつつ、厳周にちかづいた。
『ジムだけでない。かれが案じているように、おぬし自身の肩も痛めてしまう。いかに素振りで鍛えていようと、剣を振るのと球を投げるのとでは、筋肉の使い方が違う。それはおぬしもよくわかっているはずだ。それに、剣術とおなじだ。野球だって愉しまねば』
ながながと諭され、厳周はようやくそれについて考える余裕ができたらしい。
『それに・・・』
『ええ?まだあるのですか?』
厳周は、島田をさえぎって叫んだ。
『ああ、これが一番重要かもしれぬ。おぬしの叔母とかのじょが、『馬鹿な子よ』、『漢って子どもよね』とおかんむりだ』
『あぁ神様!』
系統の違う神様に慈悲を乞う厳周。
ちかづいてきたジムが笑いだした。
『トシチカ、バッテリーを組めてほんとうによかった。わたしは、カイとあなたに野球を、いえ、生きる力と自信をもらった。がんばって、わたしの名があなた方のもとに届くほどの選手になってみせます。それが、せめてもの恩返しでしょうから』
真っ白な歯が眩しいくらいだ。
島田と厳周は互いの相貌をみ合わせた。
『そのときには、ぜひともきみのチームとて合わせ願いたいものだ』
島田は、ジムと厳周の肩を叩いた。そして、心から笑った。
その双眸には涙が光っていた。




