永倉と斎藤 VS. 辰巳
永倉も斎藤も、これが本物の霧でないことくらいわかっている。そう、頭のなかでは・・・。
白一色の世界・・・。それは、「試練を与えし者」つまりかれら自身の弟分がつくりだした虚構の世界。
そのうちにあって、かれらはただ一方的な攻撃にさらされていた。
永倉の「手柄山」、斎藤の「鬼神丸」、ともにねっとりとまとわりつくような霧を、鋭く斬り裂いてゆく。
だが、それはあくまでもみせかけの霧を揺らめかせているにすぎず、ただの一撃も相手にあたることはない。それどころか、相手を怯ませることすらできないでいる。
互いの背を護るようくっつけあっていたのが、いまでは互いの存在すら見失っていた。
焦りが汗となって相貌や背を伝い落ちてゆく。
そもそも、いかに鍛錬しようとも敵わぬはずはなかったのだ。
どれだけそれを積もうとも、その小さな背をみるどころか、それを探し当てることすらできるはずもなかったのだ。
それを挑戦などと・・・。片腹痛い、とはまさしくこのことではないのか・・・。
永倉も斎藤も、いつの間にかそれぞれの相貌に笑みを浮かべていた。これだけの力の差だ。いっそすがすがしいほどである。
もう笑うしかない。こうなれば、愉しんでやられるしかない。
そう割り切ってから、ともに剣筋が変化した。
「試練を与えし者」は、その変化を感じた。そして、それに満足した。小さな相貌に笑みが浮かんだのはいうまでもない。
視覚など無用のもの。この白濁とした世界にあっては、かえってそれは邪魔になるだけだろう。
そう結論付けたのは同時だった。ゆえに、瞳を閉じたのもほぼ同時であった。
神経を研ぎ澄ますと、視覚以外の感覚が冴え渡る。おのずと、それの動きが、気配がつかめた。
否、つかめるようそれが発している。
二人は、そのことも重々承知していた。
仕掛けたのは同時だった。無論、打ち合わせたわけではない。剣士としての感覚が、それぞれの体躯を動かしているのだ。
永倉は相手のみえぬ方の左側面より、斎藤はみえる方の右側面より、それぞれの相棒を渾身の力をこめ、神速の速さでもって撫で斬った。
「ひゅんっ」
空気が斬り裂かれる鋭き音。
「くそっ・・・」
「まいったな・・・」
そして、降参めいた言の葉を口唇の間からもらしたのも同時・・・。
二人の弟分は、最強最高の業を左右それぞれの人差し指と中指の間にはさみ、受け止めていた。
その小さな相貌には、やわらかい笑みが浮かんでいた・・・。