女子(おなご)どもが苦手な暗殺者
『ごめんなさい。妹がどうしてもというものだから』
ウイカサとチカラ姉妹がやってきたことを、すでに信江も辰巳も感じていた。
二人がみ護るなか、月光の下姉妹はそっとあらわれた。
妹の掌をとる姉。ずっとずっとこうして二人は寄り添っているのだ。
『とてもうれしそう。あなたのなかにいる大精霊たちは、とてもとてもうれしそう。でも・・・』
ウイカサの掌からはなれ、チカラは幼子に近づきはじめた。まるで両の瞳がみえているかのように、しっかりとしたあしどりで幼子との距離を縮める。
だが、幼子の姿をした辰巳は、チカラが歩をすすめるごとに一歩退いた。それをみた信江は、誠に苦手なのだと、女子がというよりかは真実をみること感じることのできるチカラのことが苦手なのだと実感した。
『でも、なんなのかしら、チカラ?』
信江がやさしく尋ねた。それからまた自身の子であり甥でもある幼子をみた。苦々しげな表情でみ返してくる甥。その脚は、やはり後ろへと退いている。
『とても怖がっている。まるで小さな赤子。いろんなことが怖くて怖くてしかたがない。だれかに護ってほしい・・・』
『やめてください。ちがうっ!』
押し殺した声音でさえぎると、くるりと背を向けた。
『参ります。そろそろ叔父上や父さんの暗示がきいてくる時分でしょうから』
そういっきにまくしたてるその小さな背をみつめる信江の表情は、やさしく愛情深いものになっている。
『ゆきなさい、怖がりさん。そして、みなさんに存分にかわいがってもらいなさい』
舌打ちの音がいやにおおきく響きわたった。その直後、神を、精霊を、大地を大空を、自然を讃える詠唱が微風にのって流れてきた。
『まぁ・・・』
信江の後ろでウイカサが息を呑んだ。
そして、信江もまた息を呑んでいた。同時に、瞳から涙がこぼれてゆく。暗示にかけられていることはわかっている。
しかし、それでもやはり眼前にみえているものは間違いないのだ。
すこしだけ大きくなった背。それは、まぎれもなく辰巳の背であった。
スー族の女子は、自身のなかがみえている。瞳がみえぬという理由だけではない。物事の本質を感じる特殊な力が備わっている。
これだから女子は苦手だ・・・。
辰巳は、もう何十度めかの文言を唱えた。
いましがた、なにゆえ信江にも辰巳の姿をよく拝ませてやらなかったのか・・・。
背だけをみせたのか。否、そもそも叔母にまで暗示をかける必要などなかった。それなのに、せめて背だけでもみせたかったのか・・・。
そこまでするのなら、なにゆえ向き合い、声をかけなかったのか。辰巳の姿でたった一言、「叔母上」と申せばよかっただけのこと、だ。
厳周のことがうらやましい自身がいる。
それは、いくら取り繕うとごまかそうと、たしかなこと。
父さんに、否、狼たちに育てられず、師に育てられず、せめて人間の女子に抱かれ、乳を呑ませてもらい、人間の理をもって接してもらったなら、妖とならずにすんだのだろうか・・・。
親、というものの存在をしっていたなら、人間の肉を貪り血をすするがごとき獣とならずにすんだのだろうか・・・。
わたしは、わたしはいったいなんなのだ・・・。これもまたどれだけおおくの数を唱えてきたことか・・・。
よろこびと怖れ・・・。わたしが?この辰巳が?それともなかにいる神どもが?なにによろこび、なにを怖れるか・・・。