大太刀を握りし者とは
「柳生の大太刀」をだれが握るかで揉めた。
ただし、それはだれが握りたいかで揉めているのではない。
だれに握らせたいか、である。
「副長、あんただ。あんただろう、なあ?」
永倉である。
永倉は左右に同意を求めるよう、挑戦者たちをみまわす。
全員が無言で頷く。
「なにをいってやがる、新八?おれはおまけだ。わかってるだろう?おれはおめぇらのうしろで控えてる。おれが「柳生の大太刀」に挑戦する資格もねぇってのに、なんで握れる?」
「案ずるな、義弟よ。握っていたからとて、おぬしばかりを攻めてくるわけではない、おそらくは・・・」
厳蕃である。そういいつつ、掌に握る馬鹿ながい太刀を義理の弟の胸元におしつける。
「いえ父上、叔父上はそういう意味でおっしゃっているわけでは・・・」
父親のあいかわらずのぼけっぷりに、息子の厳周があわてて擁護をする。
「副長、だからこそでしょう?だれもそんな馬鹿ながい太刀で、坊と遣り合おうなんて思っちゃいません。慣れた愛刀で遣りますよ。ゆえに、愛刀すら遣いこなせぬ副長こそ、「柳生の大太刀」を握るべきなのです」
「副長、総司の申すとおりです。副長なら、「千子」を抜き放つまでもなく、坊にやられるでしょう。「柳生の大太刀」を握り、立っているだけでよろしいのです」
突っ込みどころ満載の沖田の言につづき、衝撃的ともいえる斎藤の擁護。
いつもならば全員がいっせいに突っ込んだところであろうが、此度だけは緊張のあまりその余裕はない。
「決まりだな。副長、兎に角、いつもどおり、おれたちが戦い、あんたが采配」
「それこそが新撰組の戦い方、というわけだ。のった」
永倉の案に伊庭が同意すると、全員が無言で頷く。
いつもは場を盛り上げる原田ですら、愛槍を小脇に抱え、緊張した面持ちである。
『これであらわれたのが柳生石周斎や三厳であったら・・・』
「やかましいっ!ここに神は必要ない。いねいねっ」
すこしはなれた岩の傍でお座りし、様子をみていた白き巨狼。思念を送った刹那、喧嘩相手の厳蕃がぴしゃりと言の葉を叩きつける。
『なんじゃと?ほう・・・。もしかすると、わが美声で石周斎や三厳にかわり、あの子があらわれるやもしれぬではないか?』
「ならば壬生狼、景気づけにやってくれ」
土方の緊張した声音だ。
『そうこなくてはな』
白き巨狼は、口吻をにやりと歪めた。それから、それを天に浮かぶ満月へと向ける。
『ウオーッ』
低く鋭い遠吠えが天を翔け、地を這う。
厳蕃親子には、この遠吠えも暗示であることがわかっている。ゆえに、すぐに同調する。
「みな、かように緊張せずともよい。たとえあの子があらわれたとて、以前から申しておるようにあくまでも「試練を与えし者」として姿をあらわすのだ」
「「試練を与えし者」に容赦はありませぬ。覚えてらっしゃいますよね?父もわたしもこてんぱんにやられたことを・・・」
厳蕃親子の単調な声音が遠吠えとまじりあい、挑戦者たちの耳朶に心地よく響き渡る。
「それよりも、「試練を与えし者」とどう遣り合うかを考えよ」
「試練を与えし者」の力は、みなさんが思ってらっしゃる以上、否、想像を絶するものです」
白き巨狼も厳蕃親子も、その「試練を与えし者」があらわれたことを察知した。
遠吠えが不意にやみ、厳蕃親子も口唇を閉じる。
岩場は、痛いほどの静寂に満たされた。




