三文芝居と恫喝
「伯父上、なにゆえわたしは挑戦できぬのです?」
幼子の甲高い声に、土方らははっとした。
緊張でいまにも張り裂けそうだった精神に、ついに亀裂が入ったかのようだ。
結局、藤堂とさらには原田も挑戦することとなった。藤堂と原田のその決意もまた、自身らの為でないことはいうまでもない。
「まだはやい」
遠間の位置で地団駄踏む甥に、伯父は一言告げた。
「なにゆえです?年齢など関係ありますまい」
めずらしく、幼子は駄々っ子になりさがっていた。
「きこえなんだか?時期尚早と申した。年齢ではない、精神だ」
「精神?わたしのどこが・・・」
幼子は、心底衝撃を受けたようだ。
助けを求めるかのように、父親に視線をむける。無論、父親は息子に近づこうとした。
「坊、わたしもまだはやいと思う。剣技だけではない。精神力も求められる。坊はまだ幼い。これからまだ幾度も機会はある。いいね?」
厳周だ。さっと近寄ると幼子のまえで両膝を折った。目線を合わせ、一語一語噛みしめるようにいう。
「兄上・・・」
幼子は、口唇を開きかけたがやめ、ぎゅっとそれを結んだ。
「さぁ母上のもとへ。一緒に待って・・・」
厳周がいい終えぬうちに、幼子は父親似の切れ長の双眸からぽろぽろと涙を落とした。
「伯父上も兄上も大嫌いっ!」
そう叫ぶと、幼子はみなに背を向け駆けだした。
「息子よっ!」
土方が追おうとするのは当然のこと。
「副長、わたしが。どうか挑戦に集中してください。副長、みなもご武運を」
腕組みして様子をみていた島田だ。そう告げると、幼子のあとを追っていった。
この三文芝居で、「柳生の大太刀」への挑戦の準備は万端に整った。
「まさかあなた、無掌でゆくつもりなの?」
信江が囁いた。
信江とその息子はいま、一行が挑戦する岩場をみ下ろしていた。
島田が仲間たちを見張っている。
坊がすねていじけているので、信江が鍛錬しようと誘ったことにしたのだ。
「無掌ではござらぬ。懐に最強の武器がございます。それよりも叔母上、人数がおおい。万が一にものときには・・・」
「まったく・・・。あなたの暗示は完璧でしょう?その暗示で、何万何十万の軍を動かすこともあったのでしょう?」
信江は、下からみられぬよう息子の隣で膝を折り、呆れたようにいい返した。
「それとこれとは別ものです」
「辰巳・・・」
不意に、信江の荒れた分厚い掌が息子の華奢な肩をつかんだ。それから、上半身をひきよせた。
相貌と相貌の距離がちかすぎる。息子はあからさまに拒絶反応を示した。
「叔母上、おやめください。否、母上であってもです。わたしは女子が苦手です。おわかりでしょう?」
上半身をよじり、なんとか後ろへ下がろうとする息子。
だが、信江の力は、無論普通の女子の比ではない。
「わかっているわね、辰巳?」
息子の抵抗を無視し、信江はその小さな体躯にさらに迫った。
「心しておきなさい。いいわね、辰巳?」
その恫喝ともいえる言に、辰巳は小さく美しい相貌を上下にさせるよりほかなかった。




