「竜騎士」と「近衛大将軍」
いつもとおなじようであっておなじではない。割り当てられた煮豆の缶詰を、ある者は缶に直接口唇をつけて呑み下し、ある者は手製の箸やフォークで突っつき、ある者はまったくの掌つかず、という状態で、それぞれが立ったまますませた。
土方をはじめとし、緊張が全員に伝染し、それが全員を寡黙にしているのだ。それは日の本の者だけでなく、亜米利加の民であっても等しく緊張のなかで耐えていた。
『「竜騎士」って、すごい称号なんだよね?日の本ではどうなるんだろう?』
とうとう市村が耐えきれずに口唇を開いた。その相手は、フランクとスタンリーだ。二人は、これで空気がかわるかと、満面に笑みを浮かべた。
『正直、かの国の称号についてはよくわからんが・・・。すくなくとも、女王陛下じきじきに、というのは自国の騎士や貴族でもまずないだろうから』
フランクがいうと、スタンリーもうんうんと頷きつつ言をつむいだ。
『おおくの国の皇帝やら国王から、その国でも最高位の位を授けられるということは、世界史を鑑みてもきいたことがない、と思うがな。まあ、それこそ神の領域だな』
それから、二人は同時に食後のまずい珈琲を呑み終えた。
『コノエダイショウグン・・・。これがわが日の本での坊の位階だ』
不意に、原田がいった。
『近衛大将軍・・・。正確には、そのような官位はありません。左近衛大将・右近衛大将、そして、征夷大将軍をも上回る位階、というわけでしょうか?』
相馬だ。ずっと考えていたことなのだろう。
『しかし、いくら帝の影武者を務めたからといって、そんな位階を与えられるか?』
永倉だ。だれしもが疑問に思うだろう。
『近衛大将軍って、そんなにえらいのですか?』
『鉄、将軍様とおなじくらい、否、それ以上ってことだ』
さらりと答える斎藤。市村は、たいそう驚いた。いまさら、ではあるが。
『よいではないか。かような位階、感激された帝がお戯れに下賜されたもの、ということだ。事実、その位階に効力はなかったのだ。さて、そろそろ心の準備をしておくか』
厳蕃は、そういってから自身のまったく掌つかずの缶詰を掴んだ。
真実をしられぬ為に・・・。
相馬だけはごまかされなかった。だが、詮索するつもりもない。ある程度の推測はしている。否、推測ではないのだろう。
推測が正しければ、なにゆえあのとき、その権威を振り翳さなかったのか。なにゆえ誠の地位につかなかったのか・・・。
いずれにしても幕府はなくなっただろう。だが、すくなくとも無駄な血は流さずにすんだ。戦という悲劇は回避できたかもしれぬ。
そうか、それがうちなるものの欲さぬこと。依代がどうあろうと、うちにいる神がそれをよしとせぬということか・・・。
いずれにせよいまさら、だ。なにもかも。おそらく、自身の推測以外にも複雑な事情が絡み合っているのだろう。そう、まさしく推測や想像を絶するさまざまなことが・・・。
詮無いこと、だ。ゆえに、自身の精神の奥底にしまっておけばよい。ほかのおおくの思いでとともに・・・。