繊細(ナイーブ)と図太さと
「お三方でも緊張されるんですね」
厳周は、地面に胡坐をかいて刀の手入れに余念のない永倉、沖田、斎藤に声をかけた。
三人のうちのだれかが口唇を開くよりもはやく、厳周の隣に立つ伊庭が愛刀の「大和守安定」の柄頭でその頭部を叩いた。
こつんという小気味よい音が、暮れなずむ岩場に響く。
「痛い、なにをされるのです、八郎兄?」
「空気をよめ、厳周。だれだって緊張するにきまっている」
「申し訳ありません。一兄は兎も角、新八さんと総司兄はらしくない、と」
「なんだと?」
「なにそれ、それって無神経だっていいたいわけ?」
永倉と沖田は、刀から同時に相貌をあげ、文句をつけた。斎藤は、われ関せずといったすました表情で、「鬼神丸」の手入れをつづけている。
「違います、違いますよ。お二方は、たとえ緊張していても周囲にそれを悟らせぬようにされているでしょう、いつも。ですが、此度は様子が違うようですから・・・。申し訳ありません。死んだ従兄殿のことは、みなさんや父や叔母からしか話をきいていないものですから・・・」
「当人がどう申そうと、坊は日の本一の剣豪であり、世界一の戦士。そして、われわれにとってはかけがえのない弟分。副長に負けず劣らず厚顔無恥なしんぱっつあんと総司でも、緊張はするであろう?」
掌を動かしながら、斎藤が呟くように告げた。
あらゆる意味で唖然とする全員の八つの瞳のなか、斎藤は悠然と手入れを終えた。
「正直申すと、自身が坊に会えるかもしれぬということでの緊張ではない。副長が坊に会えるかもしれぬ、ということで緊張している・・・」
そして、ぼそりと付け足された内容。
そこにいるだれもが、同様の想いである・・・。
「ねぇ師匠、師匠とタツミ、どちらが強いの?」
夕餉の支度を、とはいえ、大きな鉄鍋にはったお湯で缶詰を湯煎するだけのものだが、準備をしつつそう尋ねたのはケイトだ。しかも、日の本の言の葉で。
若い方の「三馬鹿」も手伝っており、その言の葉でそれぞれ掌を止めた。
「どうしてそんなことをきくの、ケイト?」
信江は、缶詰の蓋を開ける掌をとめ、穏やかにききかえした。その穏やかな表情とは裏腹に、掌には軍用ナイフが握られている。
剣術の業の応用で、蓋を開けるのだ。
この時代、まだ缶切りなるものは存在していない。開け方はじつにワイルドで、開け方の説明書きにも、「鑿とハンマーで上面を丸く切ってください」と書かれていた。この時代よりさらにまえには、さらに分厚い錻力が使用されていたので、斧とハンマーをつかって開けねばならなかった。
どの国の戦場でも重宝された缶詰。兵士たちは、銃剣で開けたり、銃で撃ったりしたという。
その場合、なかのものが飛び散るのを覚悟せねばならぬだろう。
だが、信江をはじめとした一行には、さほど難しいものではない。軍用ナイフで軽々と開けてしまうのである。
「だって、師匠はトシシゲ師匠よりも強いから・・・」
「馬鹿だな、ケイト」
ケイトの言に、せせら笑いながらかぶせたは市村だ。
無論、ケイトの「百年の恋も凍りつきそう」なすさまじい形相が向けられる。
「あ、いや、それはだな・・・」
そのすさまじい形相に、鼻白む市村。
「ケイト、やめなさい。どうしてそんなことをきくの?」
「だって、いくら強い紳士も、女子にはけっして強くあってはならいない。それが本物の紳士、騎士道でしょう?」
騎士道のところでまた市村が突っ込みそうになったのを、玉置が慌てて口唇を開いた。
「そうかもしれない。師匠も坊、否、タツミもやさしいから」
「女子を傷つけぬよう気を配りつつ、勝たせてくれる。あるいは勝負そのものを回避する」
田村が付け足した。
「二人のいうとおりね、ケイト。兄もタツミもわたしよりずっと強い。騎士道とおなじく、武士道もそうなのかもしれないわね」
信江は、そういいながらケイトの長い金髪を指で梳いた。それは、さらさらのねこっ毛で、梳いても梳いても指の間からこぼれ落ちてゆく。
日増しに美しくなってゆく。自身が育てたもおなじ厳周との間の子は、どんな髪や肌の色で生まれてくるのだろう。尾張にもどり、そこでそんな子がいたら、周囲はどう思うだろう。否、混血児の問題だけではない。ケイト自身も受け入れられるだろうか。
閉鎖的でさまざまな意味で偏狭な日の本だ。ケイトや生まれてくる子は、日の本で幸せになれるのだろうか。
否、厳周が、自身の育て子がそばにいるかぎり、そのようなことは些少にすぎぬ。そう、かれは妻子を心から愛し、護るだろから。
そうだ。兄上は孫の相貌をみることができる。わたしは、それはかなわぬのだ。
「タツミとトシシゲ師匠だったら、どちらが強いのかしら」
信江は、そのケイトの問いではっとした。
「おれは坊、否、タツミの頭を思いっきりぶっ叩いて顔面血まみれにしたことがある」
市村だ。ふふん、とふんぞり返っている。
「うそっ!鉄兄さん、それは鉄兄さんが子どもだったからでしょう?騎士も武士も、子どもにもやさしいはずだから」
即座に突っ込むケイト。その左右で、田村と玉置が両の肩を震わせ笑っている。
「弱虫の役立たずだって思ってた。ある理由で、おれはあいつに腹を立てていた。血まみれになってもなお、あいつはおれをかばってくれた。そのときだけでなく、あいつはいつだって仲間を護った。いつだって・・・。だから、おれもそうしたいと思っている」
市村の意外な反応に、さすがのケイトもきゅんときたのだろう。形のいい口唇を閉じ、それからなにもいわなくなった。
「さぁみんな、掌がとまってるわ。はやく支度をしないと、うちのおおきな子どもたちが「腹減った腹減った」とだだをこねてしまう」
「承知」
信江の一言だ。
タツミは女子だけではない。だれにたいしてもやさしいはずなのだ。
そう、そのはずなのだ・・・。




