Do you want to challenge?
「父上、伯父上がお許し下さるのでしたら挑戦なさるべきです」
そのとき、洞窟のなかから悩める厳蕃の妹の信江と、すべての元凶である甥がでてきた。
「兄上たちが修行に修行を重ねられてきたのは、父上を死んだ従兄殿に会わせたい、という想いもあるのです。父上がなさらなければ、それは兄上たちの想いに対する侮辱となりましょう」
こまっしゃくれた様子で語る幼子を、全員がそれぞれの立場、想いでみつめている。
大小の石ころや岩を避けながら並んであゆむ信江は、驚きを禁じえなかった。
たしかに、先日このことについて話した際、幼子は自身でどうにかしよう、といった。
だが、それはその場しのぎだと思っていた。
戦況が差し迫っており、挑戦そのものがなくなるか、あるいは延期になるということを、幼子はわかっていたのだろうから。
信江は、美しい相貌に笑みを浮かべたものの、意識の下ではなにを考えているのかわからぬ幼子に対し、警戒心を抱いてしまった。
「そうではありませぬか、伯父上?それと母上も?」
おそらく、厳蕃も信江同様警戒し、幼子はそれをもよんだのだ。そう同意を求めてきた。
「あ、ああ。いや、先ほども申したとおり、挑戦そのものに基準やましてや資格などない。ゆえに、わたしの許可など必要あるまい。そうであろう、厳周?いまの当主はおぬしだ。「大太刀」に関しては、厳周、おぬしに依存するものだ」
「ええ?」
狡い父親から振られ、厳周は鼻白んだ。
だが、それは事実である。「柳生の大太刀」は、尾張藩主徳川慶勝に相伝とともに渡され、此度はそれを借りてきているのだ。
厳周は、まずは父を、それから信江をみるふりをしつつ幼子を、最後に土方をみた。
厳周には、自身の従弟である勇景とその父土方よりも、死んだ従兄の辰巳とその義理の叔父である土方との関係のほうが親密であるように感じられる。それはなにも土方が自身の子を蔑ろにしているわけではない。自身の子を無意識に辰巳としてみてしまっているからだ。
土方にとって、それほど辰巳という存在がおおきかったということだ。そして、それはなにも土方だけにいえることではない。
逆もまた然り。辰巳もまた土方という存在はおおきい。土方自身の子として生まれかわっているにもかかわらず、父を以前とおなじ主としかみていない。
「いえ父上、どうしてわたしに否やと申せましょう。真意はどうあれ、叔父にも挑戦する資格はございます。否、いただきたい。わたしは、そうですね。あらわれてくれるのが死んだ従兄殿であると確信に近いものがございます」
「厳周、この野郎!」
厳周が口唇を閉ざすや否や、すでに間合いをおかしていた永倉が筋肉質の腕をかれの頸に巻きつけ、そのまま頭部を分厚い胸に押しつけた。
荒っぽいが、永倉の胸元で厳周は永倉自身のあたたかさと感謝を感じることができた。
いえ、感謝するのはこちらのほうです、新八兄・・・。心中でそう伝える厳周。
「決まりだな。今宵、この場にておこなう。わたしと息子も立ち会う」
「師匠、だったら、おれも立ち会えるかな?」
「馬鹿いえ平助、だったらみなが立ち会いたがるだろう?それだったら、おまえも挑戦しろ」
立ち会いたがる藤堂に釘をさす永倉。たしかに正論だ。
藤堂は、生真面目に考え込んだ。そして、夜まで考えると答えた。
そのやり取りを、一人離れた場所でみつめていた土方。体躯だけでなく、精神もふるえていることに自身で気がついていた。