チャンスとアンビバレンス
そっと交わされる視線。
市村は、盲目のチカラにどんなにすごい出来かを説明している。
その馬鹿でかい声を背に受けつつ、洞窟の外にでてきたのは、いわゆる大剣豪と呼ばれるにふさわしい者ばかり。
「これが、もしかすると最初で最後の機会になるやもしれぬ。第七騎兵隊を敗走させ、敵軍にとっては有能有名な士官が討たれた。それを受け、敵軍はますますこちらを殲滅することにやっきになるだろう・・・」
永倉、原田、斎藤、沖田、伊庭、藤堂、そして土方をまえに、厳蕃はそう告げた。
その左右には厳蕃自身の子である厳周、そして妹である信江がいる。
「挑戦するのになにも基準はない。そして、わたしはここにいるだれもが、挑戦することじたいになんら不都合はないと確信している。ゆえに、左之、八郎、平助、いま一度尋ねる。するや否や・・・」
原田、伊庭、藤堂は、互いの相貌をみあわせた。
「正直、おれでは到底無理です。さらに正直にいうと、剣そのものの技量を試したいっていうことより、坊に会いたいって気持ちのほうがおおきい。こんな気持ちなら、「大太刀」だって許しちゃくれないでしょう、師匠?」
「おれも平助と同様だ。一人、槍遣いだからってことで特別扱いしてもらっちゃいるが、勝負をすりゃ一目瞭然。ここのだれの足許にもおよびやしねぇ。坊に会いたいって気持ちのほうがよほどおおきい」
藤堂と原田は、自身の気持ちを語った。
さっぱりとした表情で。
「八郎、おぬしは?」
伊庭は視線を足許に落としていたが、厳蕃に問われてそれをきっとあげた。
「わたしも、腕も気持ちも左之さんや平助と同様です。ですが、これで最初で最後かもしれぬのなら、挑戦したい。片腕のわたしでも、父と「錬武館」の名にかけ、その力を試してみたい・・・」
伊庭の想いを受け、厳蕃はやさしくその華奢な肩を四本しか指のない掌でさすっていた。
厳蕃にとって、伊庭も息子のようなものだ。
「きまりだな」
「ちょっとまってください、師匠。「豊玉宗匠」は?」
沖田がまったをかけた。
「ああ?総司、そんなことは師匠に確認するまでもないだろう?副長も挑戦するに決まってる。なぁ副長?」
永倉の言に、斎藤も無言で頷いている。
沖田も含め、三人が必死なのは、このことが理由の一つでもあるのだ。否、いまではその想いは、「柳生の大太刀」じたいへの挑戦というそもそもの目的よりもうわまわってしまっている。
だが、土方は眉間に皺を寄せ、腕組みしたままそれに応じることはなかった。なにかに瞑目しているのか、あるいはみえるものを拒絶しているのか、両の瞼は閉じられたままだ。
「おいおい副長・・・」
永倉は、当惑したような表情で土方の近間に入り、そのまま筋肉質の腕を伸ばすと土方の腕を掴んだ。
「みなには心から礼をいう。みなの気持ちは、おれも充分受け取った」
ややあって開けられた口唇からでてきた土方の言の葉に、みな互いの相貌をみ合わせた。
「おれには挑戦する資格がねぇ。それは、おれ自身一番よくわかってる。それを、坊に会いたさに挑戦するなんざ・・・。否、それはおれだけのことじゃねぇ。みなもおなじだ。そもそもの目的が霞んじまってる。これじゃぁ「柳生の大太刀」に、しいては柳生新陰流を侮辱することになる」
土方が口唇を閉じた後の静寂が痛いほどだ。
厳蕃は、自身に突き刺さるいくつもの視線に耐えねばならなかった。
義理の弟の厳蕃自身の甥に対する想いの強さはわかっている。そして、厳蕃自身への敬意と想いも。それを永倉たちもわかっている。
ゆえに、永倉たちは厳蕃に乞うているのだ。
厳蕃がたった一言「かようなことは気にするな」ということを・・・。
(くそっ、性悪の甥め・・・)厳蕃は意識の奥底で毒づいてしまっていた。




