神獣窟
紆余曲折を経、一行は内々だけでブラックヒルズへと向かうことができた。
ただし、土方はスー族の姉妹、ウイカサとチカラを同道させた。かのじょらも、山崎や市村にくっついていっては、石やら砂利やらを外に運びだす手伝いをしてくれたからである。
土方たちも途中までは手伝ったが、第七騎兵隊をはじめとした敵軍の動向に振りまわされ、中途より野村とジムを中心に、交代で手伝いにいっていた。
その洞窟は、一個中隊くらいならば寝起きできそうなほどのおおきさであった。奥は行き止まりになっている。
ハリケーンといったような自然災害により、ティーピーで生活ができぬようなとき、スー族はここを生活の場としていたそうだ。
それも白人との戦争でできなくなっていた。
だが、いまや条約を破る者はいなくなった。さらなる部隊が条約を破りにこないかぎり、ブラックヒルズはまたスー族が生活の場の一つとしてつかうことができるだろう。
数年に及んだため、なかにはちゃんと明かり取りの工夫がされていた。それと、西海岸へと銃を仕入れにいった際にともに仕入れてきたオイルランプを組み合わせ、昼夜を問わず作業ができたわけだ。
だれもが声もなく、ただその壮大な彫刻を眺めた。だれもが感動していた。
辛口の批評家である沖田だけでなく、幼子ですら・・・。
いまにも動きだしそうだ。それほどの巧緻さと迫力があった。否、それだけではない。白き虎も龍も洞窟内に咆哮を轟かせそうである。
そして、それぞれがそれぞれの胸のうちで感動し、それに一息ついた機で、野村を、それからジムを称讃した。
当神をうちに宿す厳蕃が掌をたたきだした。すると、またたくまに全員が惜しみなく拍手を送った。
『壬生狼、これが動けばすごいよね。あっというまに敵を破壊しそうだ』
市村がへらへらしながらいった。お気に入りのチカラがいるので上機嫌である。
『呪文でも唱えれば、動きだすんじゃない?』
だれかが口唇をひらくよりもはやく、市村は矢継ぎばやにいった。
自分でもいい考えだと思いつつ。
『あいかわらずお馬鹿童じゃな』
白き巨狼は、長い鼻面を洞窟の壁面いっぱいにひろがる「神獣絵巻」より市村へとそれを向けた。
『われらは魔法使いでもなければ呪術師や魔術師でもない。呪文など唱えずとも、ふっと息を吹きかけるだけで、生命そのものを与えることができる』
ふふん、と鼻を鳴らして嘯く白き巨狼。
それまでの拍手喝采が嘘だったかのように静まり返る洞窟内。
『なればやってみせようか?』
白き巨狼は、注目されてたいそうご機嫌だ。右に左にゆきつ戻りつ、うれしそうに提案したのだった。
『人間をからかうでない、子犬ちゃん』
厳蕃がたしなめた。だが、その心の奥底では、誠にできるのかという謎がどんどん膨らんでゆく。もしもそれが誠であった場合、その力が白虎、つまり自身にもあるのか・・・。
『まぁよい。わたしがかっこよすぎるということと同様、人間は信じぬ、否、信じたくないであろうから・・・。それにしても、立派なものだ。清の国にも壁画や彫刻は多々あれど、これだけの作はそうはあるまい』
白き巨狼は、野村のまえまでくるとその場にお座りし、褒めたたえた。
『あ・・・ありがとう・・・』
野村が真っ赤な相貌になっているのは、なにも篝火の色のせいだけではないはずだ。
そして、ジムもまた誇らしげな気持ちになっていた。