モンスターとその叔父
『化け物め、貴様がわれわれを殺ろうと?』
カスターは、鞍上からかわいた地面へと唾と言の葉を同時に吐きだした。
『ふふっ』
タツミの美しい相貌に妖艶なまでの笑みが浮かんだ。それは、このタツミの外見上の大きさや幼さからみれば、そうとう不釣合いだ。が、不可思議なことに違和感すら与えることはない。
『わたしがあなたたちを殺るのでしたら、とうの昔にあなた方の頭部は胴体からこのかわいた大地に転がり落ちていたところです』
タツミは、そういってからまた笑った。先ほどとは違い、それは子どもらしい笑みである。
カスターもその身内たちも、タツミの意図することが図りかねた。
タツミがわずかに小さな両の肩をすくめた。その機で、ボストンのすぐ背後に二頭の騎馬が忽然とあらわれた。それは、まさしくどこかからわいてでてきたような、そんなあらわれかたであった。
うち一頭は鞍上にはなにものをもいただかず、いま一頭には、タツミとおなじ肌の色をもつ騎手をいただいている。
厳蕃だ。厳蕃の鋭いまでの視線は、敵であるカスターたちにではなく、味方であるはずのタツミへと向けられていた。
「辰巳、いい加減にせい。いったいどういうつもりか」
厳蕃は、まるでそこに自身らだけしかいないかのように甥に噛みついた。
金峰と四十は、馬体を寄せ合い成り行きをひっそりとうかがっている。
『中佐、わたしの叔父のトシシゲ・ヤギュウです。わたしの叔父も、わたし同様の力をもっています。ただ、わたしよりもやさしく慈悲深いだけのこと・・・』
紹介され、カスターは厳蕃をみた。厳蕃もまたカスターをみた。それぞれがぞれぞれに思うところがあったとしても、それを口唇から紡ぎだすことはない。
「叔父上、わたしはなにもしておりませぬ。ご覧なさい。かれらはまだ生きている」
辰巳は、口の端を歪め、掌をひらひらさせつつ敵軍の将官たちを示した。
厳蕃の表情がさらに剣呑になる。
「生きている、だと?笑わせるな。肉体こそ生きているものの、精神はすでに死んでおるわ。かれらから感じられるのは、絶望のみ。かれらはもはや死人もおなじことではない」
辰巳は笑声を上げた。
「叔父上、あなたは戦場のなんたるかをしらぬ。戦場では、兵のほとんどが絶望を背負っている。生き残れたら幸運・・・。だれもがそう考えている。かれらもおなじだ。そして、わたしはその絶望をこの身に得んがため、暗躍するのです。この絶望こそが、辰巳という妖の糧となるのです」
「ふざけるな!」
感情的に怒鳴ってから、厳蕃は金峰の脚をすすめた。
突如はじまった内輪もめを、カスターらはただ呆然と眺めている。なにゆえか、そうすることしかできないでいたのだ。




