悪魔か神か
『はじめまして、トーマス・カスター大尉、ミスター・ヘンリー・リード、そう、わたしがタツミ。おやおや、わたしのうしろにちかづかぬほうがよいですよ、ボストン・カスター隊長』
カスターのいま一人の実弟がタツミの背後をおびやかそうとしていた。
ぎょっとした表情で騎馬の脚を止める。
まるでここだけが戦場ではないようだ。カスター直属の隊の騎兵たちは、敵が単身のりこんでき、いままさにカスターとその弟たちの生命をも脅かさんとしていることにまったく気がついていないのか。インディアンの斥候や幕下の左官たちですら、近づいてこない。
『カルフーン大尉は、勇敢に立ち向かわれ、戦死なさいました』
タツミは、小さな両の肩をすくめながら報告した。
『貴様が殺ったのか?』
カスターは両の眼をむいた。義弟は、軍人としても妹の旦那としても優秀でいい漢だった。妹を未亡人にしてしまったのだ。妹はまだ二十歳をいくらかすぎたばかり。未亡人になるには、あまりにもはやいではないか。
タツミの相貌に冷笑をみとめたのは、カスターだけではない。
『お気の毒に。あなたの妹さんは、一度に旦那だけでなく三人の兄と甥をも亡くすことになる』
そう告げた後に浮かんだのは、ぞっとするほどの兇悪な笑み。小さな背をみつめるボストン以外は、その笑みに怖気をふるった。
『わたしではありませんよ。あなたの義弟を殺ったのは、あなたの誠の敵です』
鞍上、片膝ついた姿勢のまま、騒擾ただなかの周囲をゆっくりみまわすタツミ。
それをただ呆然とみつめるカスターとその身内たち。
不意にタツミが腕をあげると拳を握りしめた。全員が固唾を呑んでみ護るなか、「竜騎士」の称号をもつ餓鬼は、拳をひろげた。親指と人差し指の間になにかはさんでいる。タツミは、しばし腕を上げたままそれを指先で弄んでいたが、『受け取りなさい』いうなりそれをカスターへ放った。
反射的に伸ばした掌に、それはうまくのった。否、タツミがうまくそこにのるよう、放ったのである。
弾丸であった。一発の銃弾・・・。
カスターの掌上にあるそれを、カスター自身だけでなくトーマスもヘンリーも喰いいるようにみつめた。
『流れ弾にあたって戦死など、あなたのそれにふさしくない。そうではないですか、中佐?』
『まさか、それを素手で?』
問うたヘンリーの声音は、動揺で震えている。トーマスの相貌は、もはや死人以上に蒼白だ。
カスターだけはなにゆえか落ち着いていた。掌の上の弾丸を握りしめる。
以前、エリオット軍曹からきかされたことの再現だ。
化け物、悪魔、悪魔憑き、なんとでも形容できるだろう。いや、もしもこの戦局全体がタツミの策なのであれば、それらとは反対のものの仕業ということになる。
軍神・・・。悪魔などではなく、神の成せる業としかいいようがない。




