幻の奇襲攻撃
自身では奇襲に成功したと思い込んでいた。たしかに、レイン・イン・ザ・フェイス率いるインディアン軍は、カスター率いる別動隊があらわれてから、慌てふためいたようにみえた。
実際、そのどてっ腹に 喰いつかれてもなお、統率も秩序も乱れたままじょじょに後退するよりほかないようだった。
その敵の慌てぶりがあまりにも真に迫っていたため、カスターはおおいに息巻いた。それから、敵を木っ端微塵にするべく、みずから先頭に騎馬をたて、銃を撃ちまくった。
カスター率いる別動隊は、慌てふためくレイン・イン・ザ・フェイス軍の中央部へとおびきだされつつあった。
異変に気が付いたのは、カスターのお気に入りの甥のヘンリーだ。これが初陣である。そして、此度はあくまでも伯父の身のまわりを世話する従卒としてであり、実際に戦闘に参加するわけではない。
だからこそ、冷静に状況が把握できるのやもしれぬ。
「叔父貴、どうも様子がおかしい。みてください、逃げ散ったはずの敵兵が向こうにみえます。われわれは、敵軍におし包まれているのではないでしょうか?」
ヘンリーは、騎馬を叔父のそれによせ、囁く。
とはいえ、戦場での喧騒は、そんな囁き声など容易に消し去ってしまう。
「よくきこえんぞ、ヘンリー。あぶない、あまりまえにでるなっ」
カスターは、お気に入りの甥っ子になにかあれば、とそちらのほうが気が気でないらしい。銃から掌を離すと、甥の手綱を握り、そのままぐいとひいた。
「叔父貴、きいてください」
ヘンリーは執拗だ。
その機で、弟のトーマスが騎馬を寄せてきた。
「ジョージ、われわれは罠にかかった。離脱しよう。それに、敵がいずれも叫んでいるぞ。「タツミがやってくる」、と。わが兵が動揺している。このままではやられるのも時間の問題だ」
顎鬚を撫でつつ、トーマスは口早に報告した。
無論、そのような報告をカスターが喜ぶはずもない。案の定、ふんっと鼻を鳴らし、激昂した。
「タツミ?餓鬼の名で怯むわれらか?第七騎兵隊は、もっとも勇敢で強い隊だ」
「ジョージ、ジョージ、それはわかっている」
トーマスがさらにいい募ろうとした機で、一騎、喧騒をぬうようにして駆けてきた。
騎馬も騎兵も泡を喰ったような形相だ。
「中佐、大変です。カルフーン大尉が戦死!討たれました」
その騎兵の緊張をはらんだ叫びは、この騒擾のなかにあってもいやにおおきく響き渡る。
「なに?」
カスター兄弟が同時に叫び返す。
カルフーンは二人の義兄弟にあたる。しかも、勇猛果敢、優秀な騎兵である。
にわかには信じられぬ・・・。
そのとき、伝令役の騎兵が自身のまたがる騎馬から飛び降りた。転びまろびつ騒擾のうちへと駆けていってしまった。
その背を呆然とみ送るカスター兄弟にヘンリー・・・。
『衷心の意を示します』
その甲高い声音に、一同はぎょっとした。
それまで騎兵が騎乗していた騎馬に、いまは小さな人影がまたがっている。
『「竜騎士」・・・タツミ・・・』
カスターの呟き。
タツミが騎馬上、片膝ついた姿勢でいたのである。
『こ、これがタツミ?』
『こんな子どもが?』
トーマスもヘンリーもわが瞳を疑うのも無理はなかろう。
そう、こんな子どもが、いまや世界でもっとも有名な子どもなのである。




