厳周の案じることとは
「厳周、だれのことを案じている?」
島田は、白山を厳周の大雪によせ、小声で訊ねた。
白山は、これ以上にないほどの白毛である。まぶしいほどだ。人徳者の島田の騎馬ということで、口の悪い連中は「魁兄の性根をあらわしている。これがだれかさんだったら真っ黒でも黒さがたりないほど」といっている。否、連中というのは御幣がある。こういうことを口さがなく申すのは一人しかいない。
「え?」
大雪の鞍上で、厳周は驚いて振り返った。
つい先ほど、ティーピーに残るケイトの熱き抱擁と接吻の嵐に見舞われたばかり。純な厳周は、ぽーっとしてしまっているようだ。
ああ、接吻というのは口唇どうしではない。頬に、である。
そして、その直後には、ケイトの師匠であり厳周自身の育ての親である信江の熱き抱擁にあった。
「いい。答えずとも。それから、心中で考えずとも。その真っ赤に湯だった相貌をみれば、おぬしがだれを想い案じているかがよくわかるというものだ」
島田は、にやりと笑っていった。
「ち、違いますよ、魁兄さん」
その厳周の狼狽ぶりが、島田には新鮮でういういしく思えた。
「たしかに、それはケイトを・・・。否、ケイトと叔母のことも案じていますが、それ以上に父を、父のことが案じられます」
その答えに、島田は笑みをひっこめた。
厳周の不安感はずっとわかっていた。そして、それは島田自身の不安でもある。
「父と従兄殿の間になにがあったのでしょう?」
厳周は、得られぬ問いを発してから視線を島田の瞳からそらせた。そして、かれ自身の父がいる方角へとそれを向けた。
島田も同様に、追うようにして視線を泳がせた。
「桜、わが眼よ。頼むぞ。わたしにすべてをみせておくれ。朱雀、おまえはわが主・・・、否、父のもとへゆき、父の眼となっておくれ」
幼子の小さな両の肩で、朱雀と桜が同時に「きいっ!」とないた。それから、同時に羽ばたいた。
「すでに敵軍には種子をまいたとお伝えしました」
幼子は、四十から下馬しながらいった。
周囲では、いままさに突撃の合図をまつ、緊張と昂揚で静まり返っている。馬たちですら、静かにそのときを待っているようだ。
「敵はわが術中にあり。辰巳という化け物がいかなるものか、戦々恐々としております」
地上より金峰の鞍上をみ上げると、幼子は凄みのある笑みを浮かべた。
「不安を抱えた軍ほど突き崩しやすいものはない。叔父上、父さん、てはず通り、頼みましたよ」
「四十は置いてゆくのか」
金峰の鞍上から、厳蕃がぶっきらぼうに訊ねた。けっして甥と瞳を合わせようとせぬまま。
「ええ。わが身一つのほうが目立ちませぬ。さすがに、この馬体をあまたの弾丸から護りきるのは困難ですゆえ・・・。いいね、四十?叔父と金峰にくっついているんだ。さあ、父さん、戦の開始の銅鑼を。景気づけに狼神の美声を敵味方にきかせてやってください」
『年寄りを酷使するな、と申しておろうが』
ふんっ、と鼻を鳴らしながらも、白き巨狼はお座りし、それから鼻面を晴れ渡った青空へと向けた。
鋭くながい咆哮が、大地を、大空を、駆けてゆく。インディアンたちがそれにあわせ、鬨の声をあげる。
幼子の姿は掻き消えていた。




