レイン・イン・ザ・フェイス
スー族の「偉大なる呪術師」の威光は、他の部族であってもかなりのものであるらしい。
二人の老呪術師が、各部族の代表や戦士たちに「この二名と白き狼は大精霊だ。すべての指示に従うよう」と一言添えただけで、インディアン連合軍の全権が厳蕃と幼子、白き狼に委ねられることとなった。
「まずは対峙。真正面から四つに組んでいただいて結構です。あちらは、左翼と右翼に展開するはずです。左翼のみに兵を送ってください。右翼は、いま布陣しているレイン・イン・ザ・フェイス隊だけで結構。あちらの斥候にはすでにそれをわからせています。カスターは、かならずやそちらに向かいます」
「因縁のあるかれを、囮につかうというわけか・・・」
厳蕃は、土の上に描かれた布陣の予想図から、甥に視線を向けた。
長い木の棒を掌で叩きつつ、甥は叔父と視線を合わせることなく口許に笑みを浮かべる。
レイン・イン・ザ・フェイス。そのまま顔の雨という意味である。クレイジー・ホースの片腕といってもいい戦士である。どっしりとした体躯で、弓よりも槍を得意とする。肉弾戦での戦闘を好み、その破壊力は半端がない。そして、その名は、かれがまだ少年期に起こったシャイアン族との戦いで、石斧を振り回し、殺した敵の返り血で顔面を朱に染めたことから由来しているという。
かれは、すこしまえのモンタナ州での騎兵隊との戦闘のなかで、陸軍に従軍していた獣医博士や民間人を殺害した容疑で捕まり、カスターによってエイブラハム・リンカーン要塞に投獄されたのだ。
そして、それを救ったのがだれだあるかはいうまでもない。
先日、幼子が要塞に潜入したのは、なにもカスターとエリオットに会うためだけではなかったのである。
「囮?ふふ、餌といったほうがいいでしょうな。気の毒に、カスターはレイン・イン・ザ・フェイスに再会することもないでしょう」
厳蕃ははっとした。
「待てっ、話が違うぞ。カスターの懐を脅かす。それはわれら三人でおこなうはずだったのではないのか?」
『いい加減にせい、辰巳。なにをかようにとんがっておる?これはわれわれの戦いではない』
厳蕃、それから白き巨狼、ともに気色ばんだ。
それを、双眸をほそめてみつめる幼子。愉しそうだ。
「それが亜米利加と日の本、あるいはインディアンと倭人、という意味でおっしゃっているのならたしかにそうでしょうな。が、いずれも人間だ。一括りにすれば・・・」
幼子は、掌中の木の棒で大地を、ついで大空を指した。
「これまで辰巳がおこなってきたことに興味がおありでしょう、叔父上、父さん?その一端をおみせしようというのです。あなたがたは、本隊を指揮しつつ、それをじっくりと感じていただければよいのです」
単調な声音が慌しい空気を制した。
厳蕃と白き巨狼がふたたびはっとしたときには、クレイジー・ホースら戦士たちがぞくぞくと集結していた。




