IN heat(さかり)
「あなた、くれぐれも気をつけてください」
土方が相棒の富士に馬具を装着していると、信江がそっと近づいてきて囁いた。
「わかっている。とくに餓鬼どものことは気をつけよう」
「いやですわ、あなた。あなたにとってはあの子たちはいつまで経っても童なのですね」
信江は、いつものように掌を口許にあて、ころころと笑った。
それは、昔、京で土方の心を射止め、完全に打撃を与えした信江の癖である。
土方は、すばやく周囲をみまわした。富士の馬体で仲間たちからは死角になっている。
富士はよく気が利くできた馬だ。いまも、人間の男女をみないでおこうと、馬首を必死にあらぬ方向へ向けている。
「わかってる。ああ、若い方の「三馬鹿」は、あんだけ背が高くなっても、おれのなかではちっちゃいときのまんまだ」
囁きながら、土方は掌を信江の腰にまわし、そのままひきよせた。それから、ぷっくりと形のいい口唇に接吻をする。
「あなたのことを一番案じています」
土方が口唇を信江のそれよりわずかに離したとき、信江が囁いた。
土方はがらにもなく照れた。そこまで案じてくれているとは・・・。
ますます離れがたくなる。ますます自身を抑えられなくなる。
ふたたび口唇をちかづけようとしたとき、「「豊玉宗匠」、朝っぱらから発情して子どもらの教育上、よくないと思いますがね」、と背後から声をかけられたものだから、土方はその場で文字通り飛び上がってしまった。
「なな、そ、総司っ!馬鹿野郎っ、なにいってやがる」
狼狽のあまり、土方は思わず怒鳴ってしまった。
無論、馬たちの動きがとまってしまう。
土方自身の息子がいなかったときには、一に怒鳴らず二に怒鳴らず、三四がなくて五に怒鳴らず、と常に注意と警戒を怠らなかった。
それを破ってしまったのだ。その狼狽ぶりがいかほどのものかうかがいしれるというものだ。
無論、澄み渡った指笛の旋律が慌しい空気のなかを駆けてゆく。
「いいじゃねぇか、ここは日の本じゃない。こういうことも開放的なんだよ」
とは永倉。
「そうだよ、総司。副長だってムラムラきたりするさ」
「ああ、それが他人より過剰過激なだけだ。ま、奥方相手なんだ、それも問題ないだろう?」
「総司、盗みみするとは武士の風上にもおけぬ。副長がこういうことには、奥方であろうとそれ以外であろうと、みさかいなく、さらには我慢強くないということをおぬしも知っておろう?」
さらに藤堂、原田、斎藤とつづく。
斎藤にいたっては、擁護じたいが土方自身の墓穴をほりまくっているということにまったく気がついていない。
全員が同時に笑いだした。
「て、てめぇら・・・」
土方は、がっくりと両の肩を落とした。
いつのまにか、土方夫妻と富士の周囲に全員が集まっていたからだ。