淘汰(セレクション)
中央の軍とは別に、右翼に軍を敷くことになった。その別働隊も、さらに二隊にわけ、敵軍に相対する。 相馬と島田、伊庭は蝦夷で実際に指揮をとった経験がある。斎藤は、会津で隊を率いて最後まで戦い抜いた経験がある。永倉もまた同様で、江戸で土方らと袂を別った後、靖兵隊を率いていた。
全員がティーピー群から離れ、川の畔に集まった。
あくまでも駐屯地である。各部族にわかれてつくられたティーピーは、身を寄せ合うようにしている。
これだけの人数が集える場所といえば、川の畔くらいしかない。
山崎と野村、スタンリー、フランク、イスカ、ワパシャ、ジム、この七名は残留し、各部族の非戦闘員を護るとともに、いざというときにはその非戦闘員を指揮することになった。
此度は若い方の「三馬鹿」も従軍することになった。
この三人もまた、戦の経験がある。伝令ではあるが、参戦できるということで、三人がおおいにはりきっていることはいうまでもない。
『トシ、わたしも連れていって。兄さんたちといっしょに、伝令でもなんでもするわ』
『ケイト、気持ちはありがたいが、戦士が戦う。これがインディアンの決まりごとなのだ。女性や老人は、留守を護るという大切な役割がある。ノブエさんと一緒に、女性や子どもたちをお願いしたい』
土方が口唇を開くよりもはやく、イスカが説明してくれた。ケイトも、イスカのその説明には素直に頷き、『わかりました』と承知する。
『策どおり、右翼を率いて時期をみ計らい、小隊をぶつけるのだ。常勝将軍の腕のみせどころだ、頼むぞ、義弟おとうとよ』
厳蕃は全員をみまわし、最後に義弟の肩に四本しかない掌をおいていった。
『義兄上、それはいくらなんでも無茶・・・』
土方は、反論しようとした。
『いいや、こういうことは少数、否、単独のほうがやりやすい。なに、案ずるな。なにも首級をとりにゆくわけではない。攪乱するだけだ』
『しかし・・・』
土方は当惑した。
厳蕃、これは無論、幼子がいわせているのであるが、厳蕃、土方自身の息子、白き巨狼で敵の中央の背後を衝いて攪乱するというのだ。
『案ずるでない。われらも参るからの』
そのとき、すぐちかくにあるティーピーの蔭から忽然とあらわれたのは、スー族の「偉大なる呪術師」たちである。
よろよろとぼとぼと、互いを支えあいながら土方たちにちかよってきた。
老呪術師たちが歩をすすめるごとに、闇の色の羽根飾りと血の色とのそれが、それぞれの頭上で軽快に踊っている。
『参らなくてよい』
厳蕃は、二人に視線を向けるまでもなく拒絶した。
『こういうことを、日の本では「年寄りの冷や水」や「老いの木登り」と申す。呪術師は呪術師らしく、薬草を煮詰めたり呪文を唱えたりしておれ』
『たわけが・・・。それは魔女だ』
厳蕃の辛辣な言を、すぐさま突っ込む白き巨狼。
『つれないのう・・・。せっかく親子兄弟水入らずで人間を淘汰できると申すのに・・・』
『さようさよう、水も大量にあるでのう。火も然り。風と大地・・・。四大元素がそろっていると申すのに・・・』
おかしそうにいう老呪術師たちの言に、厳蕃と幼子だけでなく、土方らも互いの相貌をみあわせている。
『まあよい。これよりいくらでもその機会はめぐってこよう。此度はわれらも見物させてもらうとしようかのう』
『さようさよう。ともに淘汰できるのもすぐのこと。愉しみはとっておこう』
不吉極まりないことを愉しそうにいいながら、老呪術師たちは、ちかくのティーピーの蔭までよろよろとぼとぼ戻っていった。
そして、そこで忽然と消えた。
『淘汰・・・?』
その一語を呟いたのは、市村だけではない。幾人かが同時に呟いていた。
『あー、愚息どものことは気にするな。そうそう淘汰などするものか。ただの冗談だ・・・』
『壬生狼のいうとおりだ。いまは兎も角、眼前の敵に集中しろ・・・。義兄上、やはり、三人でゆかれるのですね?』
土方は、なにを申してもききいれず、実行に移すことをわかっていながら再度質問した。
なにせ、柳生の頑固さは日の本一なのだ。
『それはおおげさであろう?義弟、おぬしもそうとうなものだと思うが?』
それをよんだ厳蕃の苦笑まじりの言。
が、そこにはこれ以上の話し合いは無駄であるということも、存外に含んでいた。
土方は、複雑な思いを抱いたまま、自身らの軍議を終えるしかなかった。
 




