最終評定
「よくご覧ください。これから、叔父上と従弟殿、父さんに此度の戦術を授けます。それをうまく運んでいただきたい。戦略面では、すでにわたしが種子をまいております。そして、それはすでに発芽し、根をはりはじめております」
月明かりの下、幼子は、木の棒をつかって地面に絵を描いた。それを人間と獣がのぞきこむ。
信江が戻った後、幼子は此度の戦いの戦術を語りはじめた。
「敵の主力、それと、おもだった佐官の進撃道程です。数はこちらが優勢、地の理も同様。敵はこちらにはたいした武器はなく、また、ここも劣っていると思い込んでいます」
幼子は、自身の指先で小さな頭をとんとんと突いた。
それから、詳細を語っていった。
「柳生の大太刀」に挑戦を前に、腕試しがしたいといいだしたのは、無論、この漢永倉だ。そして、挑戦しない者も、是非とも腕試しはしたいといいだす始末。
つまり、厳周と幼子と腕比べをしたいといわけだ。
が、事態は急転した。
辰巳の恫喝が、カスターの焦燥と不安に火をつけたのか、あるいは、とっとと終わらせようというのか、カスター率いる第七騎兵隊がエイブラハム・リンカーン要塞を進発し、このグリージー・グラス川に到達するのも時間の問題かと思われた。
合議用のテントに各部族の代表者や戦士たちが集まり、最後の合議がおこなわれた。
もはや話し合いの余地などないことは、全員がわかっている。此度の合議は、いわば最後の評定であった。
斥候専門の戦士と朱雀と桜の瞳を通して感じた厳蕃の話をもとに、バッファローの革の図面に敵の進撃道程が記されてゆく。
辰巳の予測どおりだ・・・。
土方とクレイジー・ホースの間で、厳蕃は脅威を抱いていた。道程は無論のこと、率いている佐官の名までおなじなのだ。これはもう、感覚やら経験やら知識やらの問題ではない。軍神、武神やらの力でも・・・。
千里眼・・・。まさしく、すべてをみとおす力ということか・・・。
厳蕃のことを、クレイジー・ホースが西の国の軍師であり、大精霊でもあるということを伝えていたので、存外、ほかの部族の代表や戦士たちも素直に厳蕃の意見や指示を受け入れてくれた。
そして、滞りなく合議は終了した。
インディアン各部族による連合軍も迎撃の為に進発の準備が整ったのである。
皮肉にも新政府軍との戦の経験が役立つことになった。すくなくとも、そこでの経験は、敵軍を間近にした土方らに動揺を与えることはない。
戦、だけではない。京の時分からつねに生命のやりとりの繰り返しだ。毎日が死と隣りあわせだった。しかも、どこからどう敵が飛びだしてくるかもわからぬ、緊張の日々。
毎日、無事に朝を、あるいは夜を迎えられる・・・。それがささやかな幸運だった。
いまさら臆病風に吹かれることなどない。それをいうなら、臆病になる感覚すら失われているのやもしれぬ。
とはいえ、好き好んで戦に身を投じるわけでもない。けっして・・・。




