両親の胸へ
『息子よ。ずいぶんと虎っぽくなったではないか?もはや子猫ちゃんを超え、本物な虎になったのではないか』
そのとき、思念がその緊張を破った。
白き巨狼だ。厳周の周囲をスキップしつつ、その容姿を上から下まで眺めまわしている。
「虎?ああ、そうですね。が、わたし自身は狼のほうが好みですが」
『おほっ、うれしいことを申してくれる・・・』
厳周のおべんちゃらに、白き巨狼はうれしそうに両の瞳を細めた。それから、矛先を育ての子へと向けた。
『わが子よ、いつまでうじうじしておるか?さように恥ずかしきものか?はやく挨拶をしてくれねば、父さんはいつまでたってもおまえを抱きしめられぬぞ』
思念を送るなり、白き巨狼は育て子のすこしだけおおきくなった背を頭部でぐいぐいおしはじめた。
そして、土方との一足一刀の間に入ったとき、さらにどんと突いた。自然、幼子は土方の足許へとつんのめった。それを、土方は反射的に両の腕をのばしてしっかりと受け止めた。
「おかえり、息子よ。おおきくなったな。それに元気そうだ」
土方は、両膝を折ると腕のなかの息子をしっかり抱きしめた。ぼさぼさに伸びきった頭髪に相貌をうめる。
太陽のにおいがする・・・。それは昔、死んだ坊を抱きしめたときのものとおなじものだ。
「ただいまもどりました、父上・・・」
息子は、父親の上半身に腕を伸ばしかけた。が、できなかった。どうしてもできなかった・・・。
昔は、主に触れるなど畏れおおいことだと自身を律していたからだ。
「きゃー、厳周っ!!」
そのとき、周囲に黄色い叫びが響き渡った。
乱立するティーピーの間に、信江とケイトの姿がみえた。
叫びがおわるまでに、ケイトは厳周に抱きついていた。文字通り、厳周との近間に踊りこみ、そのまま飛び込んでいた。
全員が、瞳のやり場に困ったようにあらぬ方向へそれを向ける。
そして、厳周自身もまた、正直、どうしていいのかわからぬまま、とりあえずは抱きしめ返したのだった。
「母上に挨拶してこい。話はまたゆっくりきかせてもらう」
父親に耳朶に囁かれ、息子は意識の最下層でほっとした。が、父より母のほうが厄介だ。
やはり意識の最下層で溜息をつくと、息子はこわばった笑みをその綺麗な相貌に浮かべ、近寄ってきた母親にぶつかった。
そこはそう、抱きしめるのではなく力いっぱいぶつかるしか方法がなかったわけである。
こうして、再会のひとときはすぎていった。
「うわー、厳周、腕、かなり上げたよな?もう敵わないだろう・・・」
「なにいってるんだい、平助?まえも敵わなかったじゃないか・・・。ねぇ、新八さん?」
戦の為に集まっているこの状況でも、昔からの習慣はつづけている。
食事は全員で。場所の問題で篝火を全員で囲んでというのは無理だが、馬車や木や木箱にもたれ、立ったまま食べている。あるいは、そこらに座って。兎に角、全員が集まって、というところが重要なのだ。
『英語で話しやがれ』
藤堂とそれをさえぎって口唇を開いた沖田に、土方はそう怒鳴りかけてやめた。
スタンリー、フランク、イスカにワパシャ、そしてジム。話すことは片言だが、きくぶんには問題ないくらい、ジパングの言の葉に馴染んでいる。
ケイトにいたっては、覚えなくてもいい言の葉まで操ることができる。
沖田に話をふられた永倉は、ずっと不機嫌そうだ。
厳周が腕を上げることは最初からわかっていた。が、ここまで上げるとは想定外だった。ゆえに、正直、面白くなかったのである。
さらに、「柳生の大太刀」のこともある。
ここグリージーグラス川に移ってきてから、永倉らは幾度も打診してきた。が、そのつど回答をかわされてきた。
戦がはじまれば、生命の保証はない。だからこそ、いまのうちにと焦っているのだ。
「われわれも腕をあげた。やってみなければわからぬではないのか、総司?」
永倉を横目に、そう応じたのは斎藤だ。永倉の心中を慮ってのことである。
こいつら・・・。土方は、その様子をみながら複雑な思いを抱いていた。剣術馬鹿ばかりが集まるとろくなことがない。とくに、いまは戦前でぴりぴりしている。それがきっかけとなっているのだ。
「あー、いいですか、副長?」
その機で、島田が声をあげた。掌にあるブリキ製の平皿は、とっくの昔にからになっている。
土方が無言で頷くと、島田は再度口唇を開いた。
「利三郎の彫刻が完成しました。見事な出来栄えです。いまのうちに、ぜひともみていただきたい、と」
「無論だ。利三郎、主計、それからジム、がんばってくれたな。そうだな、すぐにでもみにゆこう。ついでに、クレイジー・ホース、それから、神様方も誘ってな。いまならまだ、シッティング・ブルたちも文句をいわねぇだろう」
そう、一日でもはやいにこしたことはない。
土方は、この後にでも早速、告げにゆこうときめた。