動揺(アップセット)と緊張(テンション)
すでに仲間たちが取り囲み、抱擁をしたり握手をしたりしている。
馬たちまで集まっていた。厳周の大雪と幼子の四十も元気そうで、仲間たちに取り囲まれている。
土方と厳蕃がやってきたのに気がつき、仲間たちが場をあけながら二人を迎えた。
仲間たちも土方と厳蕃の緊張を感じ取っている。ゆえに、笑顔もどこかぎこちない。
土方は、自身の妻とその弟子、つまりケイトがいないことに気がついた。
二人は、朝からバンクハバ族のティーピー群にいっている。そこの若い娘が産気づいているということで、手伝いにいっているわけだ。
仲間たちがあけてくれた空間の先に、土方自身の息子と甥の姿があった。二人も土方のほうに体躯ごと向ける。
厳周は、すっかり陽にやけ、精悍さが増している。気も以前より鋭く充実しているようだ。
甘さの残っていた青年が、すっかり大人になったというところか・・・。
そして、息子は・・・。
『なにをぼーっとしている、わが主、それに子猫ちゃん?たかだか二年くらいのことであろう。気恥ずかしがる年頃か?』
二人の足許を白き巨狼がうろうろしなかったら、土方も厳蕃もその姿にみいったまま動けなかったやもしれぬ。
それほどまでに、土方の息子はかわっていた。
否、厳密には、すこしだけ背が伸び、ますます死んだ坊にちかくなっていた。
「坊・・・」土方は、無意識のうちに呟いていた。
「おぬしの息子だ、義弟よ」
その呟きをきき、そうたしなめた厳蕃自身の声音も震えている。
「ゆくぞ」
厳蕃にそっと肩をおされ、土方はようやく歩をすすめはじめた。
だが、心中も体躯も動揺しかない。
厳蕃もまた心中穏やかではない。それは、自身の息子の成長ぶりに対してではない。否、それはそれで感じるところはある。だが、それはすくなくとも動揺する類のものではない。むしろ、喜ばしきことである。
自身の甥、に対してだ。幼児の成長ははやい。だが、それはそういう世間一般の話ではない。そう、世間一般の話ではないのだ。
ますます辰巳に似てきている。否、母親の信江に、否、それも違う。とうの昔に死んだ厳蕃自身の姉に、面影が似ている。信江以上にそれを感じる。
たしかに、秀麗な外見は自身の義理の弟にも似ている。が、醸しだす雰囲気や根本的な相貌の造作などは、自身の姉のもの。すなわち、辰巳の母親としか感じようがない。
これは、自身が無理矢理そう思いこもうとしているのか・・・。
だめだ、これ以上なにも考えるな・・・。
声をかけねばならぬぎりぎりのところまでちかづいた。
厳蕃は、ついに口唇をひらいた。
「息子よ、ずいぶんと野生的になったな」
まずは自身の息子へ声をかけ、近間をおかした。
「父上、ただいま戻りました」
陽に焼けた精悍な相貌に白い歯がきらめいた。厳周は、両の腕をあげかけたが躊躇したようだ。それらが宙で静止した。
つい、亜米利加流に抱擁しようとしてしまった。が、日の本にその習慣がないことを思いだしたのだ。
「おかえり、息子よ」
それをよんだ父親。ゆえに、自身から息子をしっかり抱擁した。束の間の驚きの後、それにこたえる厳周。親子はしっかりと抱き合った。
抱擁をとき、厳蕃親子は近くに立つ幼子をみた。
いまだにその場に立ったまま、じっと自身の父をみつめている。そして、その父もまた遠くから息子をじっとみつめたまま動こうとしない。
「わが甥よ、まずは父上に挨拶をして参れ」
厳蕃は、みるにみかねてそう促した。そして、意識の最下層で「なにをしておる。不自然すぎるぞ」と叱咤した。
その両方に反応し、幼子が厳蕃をみた。あらゆる意味でぐっと言の葉を呑む厳蕃。すぐさま自身の意識を最下層により奥へとおしこめようとしたが、すでに幼子はよめたはずだ。
が、幼子はほかの者たちがいるてまえ、無言で頷いただけだった。
幼子が父親へと一歩あゆむと、それにつられ父親も一歩すすむ。
なにゆえか緊張が親子の間でたゆたっている。
そして、それはそのまま周囲にいる仲間たちにも浸透していた。




