「偉大なる戦士」たちと待ち人たちの帰還
シッティング・ブル、本名はタタンカ・イヨタケという。その意味は、「座れる雄牛」である。おなじスー族でもオグララ族に属するバンクババ族の「偉大なる戦士」である。
丸い顔、顎の右側に銃創があるのが特徴である。長い髪をお下げにしている。
そして、十五歳のころ、馬盗みの遊びで仇敵であるクロウ族の戦士と決闘し、相手をナイフで仕留めたが、左脚を撃ちぬかれてしまった。いまでもわずかにそれを引き摺ってあるいている。
ゴールの本名はビジ。その意味は「胆汁」。かれもまたブルとおなじくバンクハバ族の「偉大なる戦士」だ。
面長で両の頬がこけているのが特徴である。
弓の名手であり、強弓を用いて半マイル先の缶のどってぱらに穴を開けることができる、ともいわれている。
リトルビッグホーン、モンタナ州にある川の名である。後世、「リトルビッグホーンの戦い」と呼ばれるようになる、カスター率いる第七騎兵隊とスー族、シャイアン族、アラパホ族のインディアの連合軍との激戦の舞台となるところである。
ちなみに、「リトルビッグホーンの戦い」とはあくまでも白人側の呼称であり、インディアン側では「グリージーグラス川の戦い」と呼んでいる。
グリージーグラスというのは、油ぎった草のことで、川の周囲に密生していたためにそう呼んだ、というわけである。
『斥候のなかにブラディ・ナイフがいただろう?やつだけはいただくぞ』
そういったのは、ゴールだ。ゴールとカスター将軍の片腕であり斥候のブラディ・ナイフは怨敵どうしなのだ。
『おいおい兄弟、あまり物騒なことはいうな。われわれは、あくまでも会議で集まっているのだ。白人どもの圧力に対し、われわれはどう対処すればいいか・・・』
ブルがいっている最中に、ゴールはそれを鼻をならして笑った。
『その対処が物騒なことしかあるまい?』
『いいや、話し合いという方法もあるであろう?』
『戦士に話し合いなど必要ない』
このように、あてどもない議論がつづくのだ。これがここ数日間のおさだまりの光景だ。
土方と厳蕃は、末席からそれをみききしながらそれぞれの思いに耽るのだった。
会議用のティーピーはひろい。そこに各部族の代表と土方たちが円形に座している。
喧々囂々というわけではなく、だらだらとつづけられる議論。
その入り口は開け放たれている。危急の際に斥候や見張りが礼儀に則ることなく入ってこれるようにとのツー・ムーンズの発案だ。
アメリカ陸軍の斥候を務めた経験のあるツー・ムーンズは、みずからの経験による白人の習慣を自身の部族に取り入れているのだ。
そこに、島田と相馬があらわれたのは、土方も厳蕃も物思いに耽るのに飽いた時分だった。
厳蕃がそっと座を立ってでていった。それからほどなく戻ってき、元の場所に胡坐をかいた。
「利三郎らが戻った」
厳蕃は、義理の弟の耳朶に口唇を近づけるとそう囁いた。
ブラック・ヒルズの洞窟の彫刻を完成させ、戻ってきたのである。
「それから、われらの一族が帰ってきた」
厳蕃の報告は、土方にとって合議よりよほど重要なものだ。
そして、すぐさまあてどのない合議を辞す許可を得たのだった。
「なにゆえ緊張しておる?」
合議用のティーピーをで、戦士たちのティーピーの間をあゆみながら、厳蕃は肩を並べる義理の弟に尋ねた。
刹那、義弟のあゆみがとまった。無論、厳蕃もそれにならった。
「そのままお返しいたします、義兄上」
やり返され、厳蕃は鼻を一つ鳴らした。義弟と視線をあわせることを避けるかのように、それを青い空へと向ける。
朱雀と桜が円を描きつつ舞っている。
いつもとおなじなのに、なにゆえかうれしそうな、うきうきしているような、そんな舞い方にみえる。
「息子が・・・」
口唇を開いたのは同時だった。しかもおなじ単語・・・。
そこでやっと二人の視線があった。どちらの口許にも照れたような笑みが浮かんでいる。
土方は、一足一刀の間合いに立つ厳蕃をあらためてみつめた。
はじめて会ったのは京だ。例の宴の際、尾張藩主の護衛としてついていたのだ。そして、その翌朝、厳蕃はこっそり屯所を訪れてきた。自身に会いに・・・。
それから幾年経っただろう。自身はきっと、すこしなりとも老けたはずだ。自身だけではない。永倉や原田だってそうだし、ほかの連中もおなじだ。若い方の「三馬鹿」などは、み違えるほどでかくなった。
が、厳蕃だけはなにもかわっていない。まったくといっていいほど・・・。
不老・・・。息子の厳周が年老いてしまっても、父たる厳蕃はこのまま老いることなく、息子や土方たちが老いてよぼよぼになるのをみつめつづけるのだ。
もっとも、土方自身らがそこまで生き残れれば、の話だが。
「いかように成長しているか・・・」
厳蕃は、そう呟いてから小さく笑った。
「ええ、二人とも成長しているでしょう」
そして、土方もまた小さく笑った。